鳴坂署

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 この胡散臭い――すこぶるつきの美青年は、取扱注意人物として署内でマークされている。本人に驕るところはまるでないが、侯爵を母方の祖父に、子爵を父方の祖父に持つ極上の血筋に加え、現侯爵である伯父は貴族院の重鎮で、財界にも顔が利く傑物だ。先祖代々の由緒正しい庶民であり、一介の警部に過ぎない竹井などは、本来なら一生縁のない世界の人間だ。  とはいえ、貧乏子爵の末子である父の代から無爵の平民で、本人も受け継いだ瀟洒な洋館に住みながらも暮らし向きは苦しいようだが、少々浮世離れした為人(ひととなり)はいかにも深窓の令息だ。  つまり、総体的に、非常に扱いづらい。  そのため署内の誰もが彼の相手をしたがらず、如月から指名された竹井が渋々応対に出たわけだが、案の定、またも碌でもない案件を持ち込んできた。怪盗からの犯行予告状――しかも他家宛ての。 「竹さん、あんまり彼を引き留めると、また御大が来ちまうんじゃないか……?」  横から口を挟む同僚は、明らかに如月を追い払いたい口調だ。自分たちの失態が原因とはいえ、如月は鳴坂署の鬼門であり、迂闊に触れてはならない存在でもあった。  二ヵ月前の宝石盗難事件では頭から如月を疑ってかかり、半ば監禁するように取調室に留めていたところ――実際のところ、たった三時間ほどだったのだが――、彼の伯父である侯爵閣下が怒鳴り込んできたのだ。いつもは横柄にふんぞり返っている署長がすっ飛んできて、米搗きバッタのようにへこへこと腰を折る様を見るのは痛快だったが、その後の修羅場は――思い出したくもない。侯爵は、警視総監の親しい友人だったのだ。
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