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主人に対しても歯に衣着せぬ物言いを躊躇わない柳の反応に、時々鋭く斬り付けられている如月だが、今日は心の中で快哉を叫んだ。
「君の意地悪さに救われる日が来ようとは」
「何ですって?」
「ごめん、やさしさの欠乏と言うべきだった。訂正するよ」
「なるほど、先生がそのようにお考えなら、おやつにプリンを作ろうと思ってましたがやめておきます。やさしさが欠乏しているので」
「柳君!」
如月は絶望した。柳が作る、焦げて少し苦いカラメルも、鬆の入らない完璧になめらかなプリンも、実に如月の好みで他では食べられない絶品なのだ。しかも蒸し器の前でずっと見張っていなければならないからと、よほど時間があり、さらに気が向いた時しか柳は作ってくれない。
「そうやって目を潤ませてると、可愛い愛玩動物に見えないとは言えない気もしますね。……だから涙目になるのはおよしなさいって」
冷徹な柳にまで愛玩動物の素質を指摘され、如月は絶望のドン底に陥った。事務的を通り越して、時に冷笑的に主人に接するのが常の柳に可愛いなどと思われたら、如月は万民の愛玩動物に確定してしまう。
「僕が悪かった。君はよく気がついてやさしい、的確な観察眼の持ち主だ。だから間違っても僕を可愛いなんて思わないでくれ。これからもずっと邪険にしてくれ」
「先生、被虐趣味に目覚めたんですか。まあ、お好きにしたらいいけど、僕を巻き込まないでくださいよ」
「……難しいな……君に欠けているものを言葉にするのは、実に難しい……」
「語彙の欠乏は、英文学者としても翻訳者としても致命的ですね」
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