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「竹井さんだったら、こんなものを警察に届けますか? 桜を頂戴する、とだけ書いてある紙を? 金銭的価値のある宝石の盗難予告だから警察も動くのであって、珍しくもない桜の木一本のために人員を割くほど暇ではないでしょう」
「それはこっちの決めることだ。桜にもあんた自身の持ち物にも価値がなくても、あんたの血統は只事じゃない。――『櫻』ってのは、あんたのことじゃないのか」
「母の旧姓というだけですが……そうだとして、何か問題でも?」
「……わかってるのか、あんたが狙われてるのかもしれないんだぞ!」
「騒々しいな、しかも外には無粋な輩が屯してるじゃないか。――ああ、これは刑事さん」
突然ノックもなく、仁礼が応接間の扉を開いた。いつもより随分帰りが早い。
柳が知らせたにしても早過ぎる登場に、この旧友は警察にも手懐けている人間がいるのではないか、と如月は胡乱気に見遣った。
「仁礼恭一郎……? 何であんたがここにいる」
「住み込みの用心棒ですよ、臨時の」
仁礼から視線で促され、面倒に思いながらも如月がこれまでの経緯を説明する間、竹井は仁礼を睨み付けていた。
「こないだもらった名刺から、あんたのことは調べさせてもらった。仁礼商会のやり手社長で、新華族の男爵様。櫻侯爵にも取り入ってるとは、商売上手ってのは噂だけじゃないようだな。――実に都合良くこの家に入り込んだもんだ。もしあんたが犯人なら、疑われることなくやりたい放題ってわけだ」
「確かに。しかし桜といって、この家で何を盗もうというんです? この私が?」
「悪かったね、どうせうちに盗まれるような美術品はないよ」
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