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桜の下にも何もないようだし、と如月は少々残念そうに付け足す。もしも忘れられた財宝があったなら、震災で焼失した母校の図書館の蔵書購入に充てたいと、割のいいことを考えていたのだ。
そして、十分な資産を持つ著名な実業家の仁礼に、世間を騒がせる盗みを働く動機はない。
「所詮お坊ちゃんのあんたにはわからないかもしれんが、この世には、それが人命であれ財産であれ人生であれ、他人のものを奪うことに悦びを感じる人種がいるんだ」
「はあ、傍迷惑な人がいたものですね」
「同感だ。それに、予告状を出して警察と対等の勝負をしたいって考えるタチの悪い犯罪者もいる。胸糞悪いが、それが奴等の美学なのさ」
「不合理で、不確実で、無駄が多いのが、美学……?」
如月は、猫が臭いものを嗅いでしまった時のような反応を見せた。
また美学――手前勝手な自己陶酔の美学だ。
欲するもののためなら常軌を逸してもいいとか、困難な目的を果たすための手段が不合理で、不確実で、無駄が多いとか、その対象に過度に昂奮し拘泥する者は、皆ある種の異常者なのかもしれない。
「奴等の美学など糞食らえだ。思い通りにはさせない。警視庁の威信にかけて、この家の敷地から髪一本たりとも持ち出されることのないようにと、警視総監直々のお達しだ。今から犯行予告当日まで、交代で二十四時間張り込ませてもらう」
「間に合ってますから、どうぞお引き取りください」
即座に断ったのは仁礼だった。
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