怪盗は来たか

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 元々は、無料で芝居を見せてもらうかわりに、見せ場で役者に掛け声を掛けたりしてその場を盛り上げる者を、サクラと呼んだ。花見はタダであること、そしてその場限りの盛り上がりを、桜がパッと咲いてサッと散ることにかけたのだ。  如月宛ての予告状は、事件を盛り上げるサクラを用意するための仕掛け。記事映えのする美貌と経歴を持つ如月の背後には、政財界に広く影響力を持つ櫻侯爵家が控える。本人にその気はなくても、周囲が舞台装置としてお膳立てする環境にある。  そしてサクラが多ければ、舞台の本質は見定めにくくなる。  警察が、盗まれるものなど何もない如月家に厳重な警備体制を敷き、記者が張り付いて些末事を面白可笑しく書き立てる。大胆不敵な怪盗は如月家から何を盗むのかと、世間は好奇心を剥き出しにして毎日新聞を手に取る。  衆目が集まる中、警察は面子に懸けて、如月家の警備から手を抜くことができない。真に狙われているのは、もう一枚の予告状の宛て先なのに、限られた人員を二箇所に割くしかなかったのだ。  そうして、如月家を舞台にした狂想曲に警察も記者も世間も踊り、結果的に守りが手薄になった標的は、まんまと盗まれてしまった。それが自分宛ての予告状の真相ではないかと、如月は考えていた。  事件の翌日、記者たちが肩を落として引き揚げていく後ろ姿に溜飲を下げながらも、如月は冷めていた。あの落胆は、彼らのペンの先にいる何万もの読者のものなのだろう。奇妙な予告状への好奇心で部数を跳ね上げ、記者を駆り立てて、犯行の行方を胸躍らせながら見守っていた人々の。
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