怪盗は来たか

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「座して待つだけで、すべての事件が期待したように起こり、解決すると思っていたなら、随分と怠惰だよ」 「座して何もしなかった朝彦に、怠惰と言われるとはね」 「何を言ってるんだ。警察に見張られて記者につけ回されて、散々だったじゃないか。盗られた物はなくても、僕は純然たる被害者だ」  しかも二次被害が出ている――身内のせいで。新聞に載った如月の写真について、伯母が新聞社に抗議に出向いたのだ。  こちらもまた、世が世なら大藩のお姫様だった伯母は薙刀の名手で、身に備わった気迫と肝の据わり方に太刀打ちできる男は殆どいない。すわ、討ち入りか、と担当者は慄いたそうだが、眦を吊り上げた彼女の主張は「こんな下手な写真では、朝彦さんの麗しさが全然伝わらないでしょう」というもので、自ら掲載する顔写真を選定して帰っていったという。  以来、記事になるたび、紙面の如月は意味もなく優雅に読者に微笑んでいるのだ。  如月の微笑みの隣で、記事は怪盗の手際を詳細に報じ、識者による正体の憶測を並べている。鮮やかな手口に、怪盗ではなく『快盗』と書き立てている新聞もある。それが如月は気に入らなかった。 「『快盗』なんていない。いたとしても、持ち上げて騒ぎ立てるようなものじゃない。盗んだ物で、困窮してる人たちを助けようというわけじゃないんだから。それなのに怪盗を待ち侘びる。奇怪な事件を期待する。みんな刺激を求めすぎなんだ。――東京は、震災で感受性が麻痺してしまってる気がしてならないんだ」
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