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4.自棄
結局、何にも分からなかった。
そもそも、誰にも信じてもらえなかった。
午前十一時頃。家に帰るわけにもいかず、渋々公園に戻ってきた蘭太はベンチの上で、がくりと肩を落とした。ちょうど頭を下げたところで、こつん、と額が卵とぶつかる。
これからどうするべきだろう。
やっぱりその辺に捨てておくべきか。いや、そんな勇気も出ない。だからといって他に相談できる大人がいるわけでもないし。
まるでこの一日だけで、人生の歯車が一つ狂った気分だ。それもこれも、全部この卵が庭に転がってきたせいで。
恨みをぶつけるように、蘭太は嘆息する。
「もういっそ……生まれてきちゃえばいいんだ。バケモノ」
そうすれば全てが解決するのに。
そんな想いを聞き入れたかのように。
待ち侘びたかのように。
腕の中の卵が強く発光し……小さな欠片を地面に落とした。
その日の日没。
蘭太は、近所に住む老婆によって廃人状態で発見された。ベンチの上で横向きに倒れており、その手元には黒く大きな卵の殻が散乱していたのだと言う。
翌日。町外れの総合病院の一室で植物状態になった蘭太を、両親と祖父が暗い表情で囲んだ。医師曰く命に別状はないが、こうなった原因は分からずじまい。更には意識が回復する見込みも現状では無いのだと言う。鼻の啜る音と心電図の音だけが病室に木霊した。
ふと祖父が窓に目を向ける。少し萎れた桜の花が正午過ぎの強い風を受けて強く揺さぶられていて……そこまで観察したところで心臓が止まりそうになる。
枝の上に、得体の知れないモノがいるのを目撃してしまったのだ。
全身が蜃気楼で覆われているようで、実体を上手く視認できない。だが、確かにそいつは枝に留まっていた。煌々と燃える星の如き目で、じっとこちらを見つめてくる。
教授は直観した。あの黒い卵は、偽物なんかじゃなかったのだと。
そして、心の底から後悔した。
我々大人は、とんでもない化け物を世に放ってしまったのだと。
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