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向こうで誰かが私を呼んだ。ハッと顔をあげると、目の前に広がる湖の向こう岸に誰かが立っている。誰か、がわからないほどに小さな人影。ここから向こう岸までは、それほどまでに距離があるのだ。
時折人影は両腕を振ったり、少し飛び跳ねたりと何かをしきりに叫んでいるようなぼやぼやした声が聞こえた気がした。
この湖の左右はおよそ人が湖畔に沿って歩くことはできない自然に囲まれている。
「そうだ、ボート……」
ボートはあっただろうか、と改めて周りを見ても足元の砂利が音を立てただけで何もなかった。湖畔の穏やかな水面に風によって波がたまに寄せてくるだけ。
「待ってて……今そっちに行くから」
そう呟いてから、私はおもむろに右足を踏み出した。
どぷん、と遠くで水の音がした。目の前が真っ暗になった。
目を凝らすと、いつのまにか暗い水の中にいた。湖に落ちた?いや違う。
あまりにも自然に“沈んで”しまっていた。音もなく水面の光が届かないほど、ここは暗く、深い深い水の底。
『やっとまた会えるね』
うん、そうだね。ずっと“あなた”に会いたかったの。こんなところにいたんだね。見つけられなくてごめん。
闇と水の重みに身を任せてみれば、心地のよい眠りにつくような感覚に襲われる。
思考も記憶も、もっともっと奥底へ。沈んだ先で溶けてなくなればいい。
「ここは私だけの世界」
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