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思い出とともに。
近頃、体調が思わしくない。日によって波があり、ひどい時にはどんなに天気が良くても家のなかにこもっている。由布子はため息をつきながら、夫の遺影を飾った仏壇に手を合わせ、独り言をこぼした。
「ねえ、あなた。あなたはいったい、いつになったら迎えにきてくれるの? わたしは間もなく八十になるのよ。最初はそれなりに楽しかったけれど、もうおひとりさまも飽きちゃったわ」
二人で訪ねていた『花衣』を一人で訪ねるようになって七年。新鮮な気持ちでいられたのは最初だけだった。少し前、人づてに移転の知らせを聞いたことで、今年はなおさら気が重い。それでも思い出をないがしろにするようでどことなく落ち着かないから、考えに考えた末、やはり足を運ぶことにした。
おりんをたたいてからふたたび手を合わせ、由布子は腰を上げる。
ガスの元栓、いつもうっかり忘れてしまう小窓の戸締まり、玄関の鍵に至っては、三回確かめてやっと出発した。
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