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「またお会いしましたね」
首だけをこちらに向けて、少女は私にそう告げた。
半袖の白いブラウスに紺色のスカート。おそらく夏用のセーラー服で、背中には通学カバンを背負っている。長い髪をポニーテールに括っているのも、いかにも真面目な女子学生という雰囲気だった。
しかし少女を見かけた場所が真夜中の住宅街ともなると、そんな印象も打ち消されてしまう。どう考えても「真面目な女子学生」が出歩く時間帯ではなかった。
一応は明るい街灯の下に立っているものの、ここまで来る途中には真っ暗な場所も多かったはず。子供や若い女性にとって、やはり夜道は危ないだろう。
「こんばんは、お嬢さん。こんな時間に、こんな場所で一体……」
何をしているのですか?
そう尋ねようとしたところで、先ほどの少女のセリフがようやく意識に引っかかってきた。
彼女は「またお会いしましたね」と言ったのだ。しかし私は、以前に彼女と出会った覚えなどない!
ナンパの常套句で「前に会ったことあるよね?」というセリフがあるそうだが、彼女が私をナンパしているとは思えない。女性の側から男性をナンパするなんて、私の価値観では考えられない話だった。
混乱する頭を、私は大きく横に振る。
「ちょっと待ってください、お嬢さん。私たち、初対面ですよ」
「あら、まだ思い出せないのですか……。それは残念」
あまり残念そうには聞こえない口調だった。
最初に声をかけてきたのは彼女の方なのに、もう私のことなどどうでも良いという態度で、足元に視線を落とす。
彼女の前には、一匹の黒猫がうずくまっていた。さらにその先には赤い花が咲いているが、彼女が見ているのは黒猫の方だろう。
黒猫も少女を見上げていた。彼女はネコジャラシのようなものを持っているので、それが気になるのかもしれない。
「もしかして……。お嬢さん、その黒猫と遊びに来たのですか? わざわざ自転車に乗って?」
今更だが、少女の後ろに赤い自転車が停められていることに気づいて、そう言ってみる。
もしも誰かに襲われそうになっても、自転車ならば徒歩よりは逃げやすいだろうし、少しは夜道の危険度も下がりそうだ。そんな考えで尋ねたのだが……。
少女はクスクスと笑いながら、首を横に振っていた。
「これ、私の自転車じゃないです。何日も前から、ずっと停まってますよ」
「何日も前から……?」
思わず聞き返しながら、私は表情を曇らせる。ますます彼女の身が心配になったのだ。
「では、お嬢さんは毎晩、この辺りを歩いているのですか?」
「ええ。それが仕事ですから」
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