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君と遊んだ桜の丘の公園は、土地開発でなくなりました。
桜の木も切られ今はもう、あの頃の丘の面影はありません。
ポストに届いた手紙には、いろいろ書いてあって、私の胸を打ったのはこの二行の文章だった。私はずいぶん早くに父の仕事の都合で桜の丘のある街から引っ越したが、よく遊んだ男の子と手紙のやりとりを続けていた。
もう10年。
私は大学へ駒を進めるところまで来た。
手紙の相手も同じ年だ。
私は先月、大学に合格したことをこの相手に伝えた。彼は、春から働くらしい。スーツを着て入社式に行くと言う。
お互い、大人になってしまった。
そう思う。
彼からの手紙は全て大事に保管している。小学生から随分大人になったと筆跡でわかる。
”七海一葉様”
彼の書く私の名前がどんどん整っていく。
返事を書こうか悩む。
私はあの街にもう何年も行っていない。そんな私には思い出の街での出来事に寂しいや悲しいを足してみてもそれは空想でしかなく、その場に居続けている彼とは同じ気持ちにはなれないから。
ただ、ここで途絶えてしまうのはもったいなくて。
便箋を広げて記憶から引っ張り出した思い出を文章に書き起こしてみる。
”春には、一緒に作った砂山に花びらをたくさん撒き散らして桜の山を作りましたね。懐かしいです。”
こんな付け焼き刃な返事をもらって嬉しいだろうか。
私は私の今を手紙に書けばいいのに、あの街にいた時間よりこの街にいる時間の方が多くなってしまっているのに。
大学生になる前に、もし彼に会えたら。
”今度会いませんか”
文章の最後に書いてみた。
私たちは、LINEもやり合わないし、お互いの携帯番号も知らない。
試しにLINE IDを書いておく。
今を語り合いたい。
それが私の本音なのに。彼からの手紙に私はいつも思い出話を返している。
だから少しだけ未来のことを書いた。今の連絡手段を書いた。
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