君は幽霊だったのか

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 運命かもしれない。蒸し風呂級の空間に彼女はいた。ポニーテールの伸びる首筋に斑模様の痣がある。気配を察知したのか、横顔がゆっくり僕を見た。 「お、おはよう! 暑いね!」  頷きながらも、彼女にダメージはほとんど見えない。  捲られていた袖が、静かに下ろされた。傷を隠すような行為は、可能性を強く浮かび上がらせる。真偽の確認に迫られ、名を尋ねようとした時同様、汗が急降下をはじめた。 「あ、あのさ、聞きたいことがあるんだけど……」  暑い。暑くて脳の機能が抑制される。ボンヤリしてクラクラして、生存本能として場から飛び出したくなる。 「ここ以外で話せたりしないかな!」  結果的に、またも天才的なアドリブを発揮していた。いや、全くもって嘘ではないし、だからこそ飛んでいった訳なのだが。 「こっここ、ここ以外で会えたり話せたりしたら嬉しいなって! ほら、ここ暑いしさ!」  咄嗟のフォローも発動したが、内容自体に引いたのか少女は唖然としている。絶妙な噛み具合で、鶏のようになってしまったせいもあるだろう。    まぁ、突然好意丸出しの提案をされれば引きたくもなるよね。きっと本来の問いの方が、百倍は気まずくならなかっただろうね。  嫌われたくないとの感情が、僕をせっつく。気まずさに淀み、暑さに蒸されるこの空気をどうにかしたい。何か言わなければ、何か――。  不意に、目前の動きに惹き付けられる。内に向いていた感覚全てが、一筋の涙に集約した。微小の悲しみを乗せた、彼女の頬に細い水路ができている。続きを見せたくないのか、背が向けられた。 「……ごめんね、会えないの……」  小さく震える声が、本来の問いを想起させる。“会いたくない”ではなく“会えない”なのはやはり――。 「…………もしかして幽霊だから?」  思わず尋ねていた。少女の肩が硬直を語る。左右に一度、首を振ってくれるだけでよかった。しかし、長い無言が肯定を後押しした。  そうか。彼女はやはり、灯台の幽霊だったのか。僕は幽霊に恋をしていたのか。  八十パーセントほど確信していたが、やはり衝撃は大きい。戸惑いの中で、普段通り横を埋められるはずがなかった。 「な、なんかごめん……えっと、暑くなってきたから僕一旦帰るね! ごめんね、また休み明けに会おうね!」  結局、僕は逃げた。
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