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03.地球は巨大なゆでたまご
しかれども。
そう言って老賢人はしばし沈黙する。演説を聞く人々が次の老賢人の言葉を期待するように、あえて沈黙するというテクニックである。
けれども、道行く人々はそんな老賢人の妄想に付き合う余裕はなく、足早にそれぞれの目的地へ歩いてゆくだけ。
それでも老賢人はもう一度、力強く呼びかける。
しかれども、わたしは長年の思索により、ようやくひとつの真理に到達いたしました。これこそ人類が到達したひとつの真理であり、われわれの地球観を根本から転回させる発見であります。
老賢人は思わず興奮してうわずった声を落ち着かせるために、そこでひと呼吸おく。そしてゆっくりと息を吸い、いかにももったいぶるような感じで口を開いた。
すなわち、わたしは長年の思索の結果、われわれの立つ地球は平面でもなく空洞でもないことを確認しただけでなく、今までの人類が誰も到達し得なかった地球の実相、地球の真実の姿を捉えることができたのであります。
老賢人は道行く人々を眺める。顔を左右にゆっくりと振り、人々の反応をたしかめるみたいに。けれども、道行く人々はみな、老賢人の新発見に無関心。寝泊まりするホームレスもまた鬱陶しさを募らせていた。
老賢人は少しだけ悲しそうな顔を浮かべ、道行く人々に訴える。
今ここで、わたしはみなさんに訴えたい。この地球はすなわち、巨大なゆでたまごなのであります。
そう、地球は巨大なゆでたまご!
わたしはこれを『地球ゆでたまご説』と名付け、新説の正しさをみなさまに訴えたいと思っているわけであります。
そんな演説を聞いていたホームレスは、老賢人の意外な言葉に思わず吹き出しそうになる。
老人の存在と演説に鬱陶しささえ感じていたのに、今日はその上、地球は巨大なゆでたまごだと訴える。老賢人の突飛すぎる発想に、ホームレスは笑いをこらえるのが精いっぱい。
今までは地球が平面だとか空洞だとかいう説を飛躍しすぎた妄想だとか言っていたのに、いざ自説を持ち出すと、地球は巨大なゆでたまごだなんて、頭がおかしすぎるにもほどがある。
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