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06.すきまだらけの汚くよごれた歯
ホームレスが見たところ、老賢人の演説する声も口調も声量も、いつもより明らかに興奮し、そしてまた高揚していた。さっき演説を少し中断して、ひと呼吸置いたにもかかわらず。
それでもやっぱり道行く人々は、老賢人の訴える『地球ゆでたまご説』になど興味も関心も持たない。自分の行くべき場所へと急いでいるだけ。地球が巨大なゆでたまごだなんて珍妙極まりない与太話に、人々はつきあうようなヒマなどないのだから。
ホームレスは内心で老賢人を嘲笑する。地球は巨大なゆでたまごだって? 笑うしかない珍説じゃないか。
「なあ、さっきからあんたの演説を聞いてるんだけどよ」
ホームレスは道端で熱弁を振るう老賢人に思わず話しかける。老賢人は迷惑そうな表情どころか、むしろ誰かに声をかけられて嬉しそうな表情。今までここで演説していても、道行く人々からはほとんど何の反応も返ってこなかったからだろう。
「なんだ? 質問があればなんでも答えましょうぞ」
老賢人がホームレスへ向かってニッと笑った。すきまだらけの汚くよごれた歯がのぞく。ところどころ白濁した眼球が、シワだらけのまぶたの向こうからホームレスを見つめた。
「あんたさっきから、この地球はゆでたまごだなんとか言ってるけどさ、そうやって演説しているだけじゃ、いまいち納得できないんだよな。
だからさ、おれでも納得できるような証拠みたいなものはないの? この地球がでっかいゆでたまごだっていう証拠だよ」
ホームレスの言葉に老賢人は難しい顔を浮かべ、何かをじっと考える。
やっぱり『地球ゆでたまご説』なんて、頭のおかしな老人のたわごとだ。ホームレスは老賢人の難しい顔を見て、そう確信する。
ところが、老賢人はにやりと笑ってホームレスに告げる。
「よろしい。ならばよく見ていなさい。今すぐここで『地球ゆでたまご説』を証明してやろうじゃないか。お前さんでも納得できるように」
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