07.真っ白なゆでたまごがひとつ

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07.真っ白なゆでたまごがひとつ

 老賢人は着ているジャケットの内ポケットに手を入れる。ずいぶんと古い生地の、タータン模様のジャケット。  老賢人がそんなジャケットの内ポケットから手を出すと、真っ白なゆでたまごがひとつ握られていた。 「言ってみればこれがわれわれの地球だ」  老賢人は手に持ったゆでたまごを、誇らしげにホームレスへと掲げる。汚れた歯を剥き出しにして、にやりと笑いかけながら。  いよいよ本当に頭がおかしくなったのか、この老人は。  ジャケットの内ポケットからゆでたまごを取り出した老賢人に、ホームレスは薄気味悪ささえ感じる。  老賢人はところどころ白濁した目で薄笑いを浮かべ、何かを確信したようにホームレスを見つめる。  しわだらけの手。真っ白なゆでたまご。足早に通り過ぎる道行く人々。なにもかもがホームレスには非現実的に思えた。ここから逃げ出したかった。  そんなホームレスに見せつけるように、老賢人は歩道のそばの建物の壁に向かって、手に持ったゆでたまごを軽く打ちつける。  その瞬間、ホームレスの足元がぐらぐらと大きく揺れる。思わずそばにあるダストボックスにしがみついてしまうほどの揺れ。  けれども、揺れたのはホームレスの足元だけじゃない。  道行く人々も揺れた大地に驚き、悲鳴を上げ、地震だと叫ぶ者もいる。頭を覆い、その場に立ちすくむ者。電柱や郵便ポストにしがみつく者。どこかへと向かって走り出す者……。  突然の地面の揺れに人々は驚き、戸惑うばかり。
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