一振と盾

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一振と盾

 天空鬼(スカイデーモン)たちは、次々とヒダカの行く先に立ち塞がる。  その中の一体が剛腕を振りかぶり、拳を上空の彼に突き出した。  ヒダカは敵に対して平行であった体を、九十度に傾け拳を避ける。そして異形の背に生えた翼を狙って、上段の構えから刀を振り下ろす。片翼を切り落とされ傷を負った異形は、バランスを崩して一瞬動きが止まる。ヒダカは、その体を蹴りつけた反動で次の天空鬼の(もと)へ飛んでいく。  その隙にタイクウたちが下へと抜けていった。  一気に距離を詰めてきたヒダカに、次の異形は反応が遅れたようである。彼は大した労力もなく敵の眼前に躍り出ると、左上から右下へ、袈裟懸けにその体を切り裂いた。  斜めに分かれた断面の向こうから、別の天空鬼の顔が生えてくる。大口を開き鋭い牙を見せつけ、彼を食らおうと迫っていた。  ヒダカは刀を振るった勢いで、前転のように体を一回転。そのスピードを上乗せした刃を、上から叩きつけるようにして敵を切る。皮膚よりも固い牙に当たり、そこで刀は止められてしまう。  しかし、その反発を利用して、再びヒダカは回転する。クルリと回りながら敵の頭上を乗り越え、後方へと抜けていく。最後にもう一回。体を前転させながら、天空鬼の(うなじ)から後頭部にかけて切りつける。切っ先を引っかけるような斬撃は、敵の首にそって青い線を走らせた。 『チッ、さすがに傷が浅せぇ』 『逃げられさえすれば、良いよ。深追い厳禁』  タイクウは思わず苦笑しながら、ヒダカの独り言に返事をしていた。その間にも、彼は夕陽と共に、地上に向けて降下していく。 『何だよ、スッキリバッサリやれた方が、良いに決まってんだろぉが⁉︎』  ヒダカが五、六体ほどの天空鬼の集団に向け、落下速度を上げて突っ込んでいった。  敵の腕や足、迫り来る牙の間を器用にかい潜り、次々に刀を振るって異形を切り裂いていく。彼のボディスーツに散るペンキのような青い液体は、異形の返り血だ。恐らくヒダカは笑っているだろう。これでは一体、どちらが鬼か分かったものではない。  相棒の顔を想像し苦笑したタイクウは、すぐに表情を引き締め、しっかりとした発音で告げる。 『ヒダカ。体を西に流されないように意識して。目的地が近づいてきたから、着陸のことを考えよう』 『チッ、もうそこまで降りてきたか』  どこか悔しげにそう言って、ヒダカは下方へ視線を遣る。まだ数十体。天空鬼が三人を待ち構えていた。  下手に相手取れば、パラシュートを開かなければいけない高度まで敵が降りてきてしまう。そうなれば無防備な所を狙われ放題だ。  しかし、理由は不明だが、天空鬼は高度数百メートル付近にはほぼ生息していない。いたとしても数体で動きも鈍い。  つまりここが、最後のヤマだ。 『え、ど、どうなったんですか⁉』 『あらら、真面目に目を閉じてたんだね』  突然夕陽から戸惑うような声が聞こえて、タイクウは笑みを浮かべた。 『タイクウ、場所変われ!』  ヒダカは大の字になって速度を緩め、代わりにタイクウは落下速度を上げる。 『ごめんねー。まだ安全圏まで、もうちょっとなんだ』  二人の言葉を聞いても、夕陽は戸惑っているのか何も言わない。しかし、目前に迫る天空鬼たちを見て、彼なりに状況を察したようだ。 『そうか。この最後の群れを抜けるため、今度はタイクウさんの銃か何かで敵を撃つんですね⁉』 『違うよ』  ええ、と夕陽の大きな悲鳴が耳に響く。耳を塞ぎたくなるが、そもそもヘルメットの中で響いているので防ぎようがない。 『落ち着いて。僕は最初から武器は持ってない。その代わり』  彼は夕陽の顔の横から、両腕を前に突き出した。そこにはヒダカよりも重量感のある籠手(ガントレット)が装備されている。背中の方ではヒダカがスピードを調節し、衝突しない程度に距離を詰めてきていた。  タイクウは敵との距離を測りながら、胸の中でゆっくり五秒数える。  今だ、このタイミング。 『僕の攻撃は、だからね!』  彼の籠手がまるで花咲くように広がった。  その中心、手のひらの中から光が放出され、三人を卵殻のように包み込む。タイクウは武器を持たない。その代わり、最強の盾を持つ。 『でも、もってあと十秒だよ!』 『ああ⁉ 最高スピードで蹴散らせ!』  そのまま彼らは、弾丸のように異形の群れの中へ突っ込んでいった。  そのシールドに触れた天空鬼は、ヒダカの銃で撃たれた時と同様に消滅していく。淡黄(たんこう)の盾は、内側にいる者には優しいが、外側の敵には殺戮兵器にも等しい。しかし、強力な分消耗は激しかった。  背負ったエネルギーパックからの情報を受け、ヘルメットの中ではずっと警戒アラートが鳴り響いている。  異形に衝突する瞬間、どうしても僅かに落下速度が落ちてしまう。それでもエネルギー切れになる前に、可能な限りの最高速度で駆け抜けるしかない。  敵の数は減っている。しかし、残り時間も減っていく。  四、三、二、残り、一秒。  目の前には未だ一体の異形。間に合うか。 『うぉらぁぁぁっ!!』  荒々しい咆哮と同時に右肩が引き寄せられ、次いで重い衝撃がはしる。ヒダカがタイクウの右肩を踏み越え、跳んだのだ。  (ゼロ)。  前へと飛び出したヒダカの刀が、最後の異形を切り捨てた。  思わず息を止めていたタイクウは、両腕を下ろすと同時に深く息を吐く。  周囲は雲と空と海の青色ばかり。少し下を飛行する相棒が、刀を腰に収めるのが見えた。 『ああー、展開するのが少し遅かったかなぁ? もしくは、落下速度の問題? でも、これ以上速度上げるのも難しいし』 『テメェ、到着してから覚悟しとけよ……』  押し殺すような低い声からは、隠せない怒りが滲み出ている。  それに乾いた笑い声を返しながら、タイクウはそれでもフォローしてくれる相棒を頼もしく思う。  そして二人は同時に、パラシュートを開いた。 『夕陽さん。怖い思いさせてごめんなさい。ここからは、ゆっくり行くね』  タイクウはパラシュートを操り、目標落下地点を目指す。 『終わったんですか?』 『ほとんどね。お疲れ様。本当にあと少しで、いよいよ地上へ降りるよ』 『と言っても、海上に浮かぶ元空港だがな』  追ってくる敵を警戒してか、ヒダカがタイクウたちよりも上空へと移動しつつ言った。 『そうですか……僕はついに、ここまで……! お二人とも、本当にありがとうございます!』 『いやいや、早いって! まだ完全に危険が去ったわけではないからね。最後まで気を抜かないようにしないと』  そう言いつつも、タイクウは穏やかな気持ちで笑う。  その時、ふと自分の真下から、キラリと何かが光った気がした。荷が落ちてしまったかと思ったが、それにしてはあまりにも光が小さい。  気のせいだろうかとタイクウが不思議に思っていると、夕陽がはっと胸元のリュックを押さえた。 『指輪――』 『え』 『僕の、父さんの指輪です! 形見の、父と母の結婚指輪が――⁉』 『なんだって⁉』  あの、彼がネックレスにしていた指輪か。チェーンごと落ちたとしても、小さい金属だ。絶対に見つからないし、ましてや追いつけるわけがない。
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