河川防災対策課調査部

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河川防災対策課調査部

国土交通省河川防災対策課調査部、室長 都築(つづき)一夫は、岐阜県S村で開催予定の、ダム建設に向けての説明会に、誰を行かせるか頭を悩ませていた。 と言うのも、メンバーを直属の部下で固めず、未知数の若手を一人、入れたいと考えたからである。 差し当たって、体育会系で、性格もよくリーダーシップもとれる柏木が妥当であるとした都築は、他の布陣を、土木関係に強い桜井、補償に詳しい寺田、ムードメーカーで物腰が柔らかい風間で行く事に決めた。 翌日、河川防災対策課調査部室長の都築は、S村に行くメンバーを霞ヶ関のレストランに招集し、昼食を兼ねたミーティングを行った。 「普通は、仕事が完了した時点での慰労会なのだろうが、皆、忙しい身だと思ってね。 事前に、こうした形でそれぞれの役割分担を把握してもらえればいいかと考え、席を設けた。 手元のプリントに、質疑応答例を幾つか見繕ってみたので、各自、頭に叩き込んでおいてほしい。 じゃぁ、食べようか」 都築の一言で、四人は、目の前に置かれた松花堂弁当の蓋を開け、食事に取り掛かる。 20分ほどで食事が終わると、差し替えの茶が出て、一同の中にそれとなく安堵にも似た気持ちが広がる。 「この店、いいですね。個室完備で、味も申し分ない。 室長は三ツ星レベルの店御用達でしょうから、逆にどこを選べばいいか迷われるのではないですか?」 と風間が言えば、横の寺田も 「今回、予め、オーダーを通して頂き助かりました。 こうした店で何にしようか迷うとキリがないですし。 一斉に料理が運ばれてくるのもいいですよね」 と都築を持ち上げる。桜井は流石にもう十分だろうと言うように 「柏木君は二年目か。五月のGWは実家に帰ったの?」 と話の矛先を変える。 「そうですね。うちは少々変わってまして、学生時代のほとんどを祖母宅で過ごしたせいか実家の方には足が向かないんです。 それじゃあいけないんでしょうけど」 「なるほど。ご両親もまだお若いだろうしね。 息子に執着してもいられない位、やりたい事もあるだろうし」 「えぇ、まぁ」 「よし。そろそろ戻ろうか?明日からは詰めの会議に入るから宜しく頼む」 そう、都築が締めくくると一同は席を立ち、既に会計を終えていた都築に礼を述べた。 翌日、国土交通省の入っているビルでは、八時を回った頃から続々と職員が詰めかけ、4階の河川防災対策課調査部においても室長の都築を始めとした担当者達が、ダム建設の説明会をどのようにして進めていくか、議論を戦わしていた。 「S村を流れる曾根川は古くから豪雨などで氾濫を繰り返し村民の生活を脅かしてきた。そこでダムを建設し、貯水する事で洪水を防ぎ、さらに用水として活用する。これが最大の目的となります」 という桜井の説明に、都築から 「で、水上右近を教祖とする水魂教の信者で占められるS村の村民達は、なぜ建設に反対なんだ?」 とした質問が出る。寺田が 「ダム建設により、水魂教の社が取り壊されるのではないかと思っているようです」 と述べると、風間も 「彼らが宗教という揺るぎない絆で結束している以上、金の力で何とか解決しようとしても無理だと思われます。 さらに横のつながりが強い事を加味しますと、一軒、一軒訪問していく従来の方法も成果が出ないのではないかと」 と諦めの境地で言う。 「姑息なやり方では通用しないという事ですよね。 結局、皆さんが集まった時にきちんと説明し、納得してもらうしかないんじゃないでしょうか」 正攻法で行くしかないという柏木の持論を受け、都築が 「そうだな。一筋縄ではいかぬ相手を打ち負かそうとした所で、却って事態を硬化させるだけだ。 良い点だけでなく、悪い点も包み隠さず話し、理解を得られるまで何度でも足を運ぶ。それしかないだろうな」 とまとめると、皆、賛同しますというような眼差しを都築に向ける。 「じゃぁ、早速、S村に行く際のデティールを詰めよう」 週末、都築は横浜の自宅マンションで、互いの娘が通っていた幼稚園時代からの付き合いである伊藤慎也、真弓夫妻と共に、ホームパーティーを楽しんでいた。 伊藤真弓は、共にカリフォルニア州地方都市に留学中の娘達について 「うちの莉子は優柔不断でしょ。だからアメリカに留学させるのもどうしたものかと思ってだんだけど、樹里ちゃんも一緒だからって言われてね。 それならいいかなんて、夫婦二人、深く考える事もなく決めたの」 と、数回、口にしている話を持ち出す。 「何をおっしゃいますやら。 家ではね、樹里が莉子ちゃん位しっかりしてくれればどんなにいいだろうって いつも言ってるのよ」 伊藤慎也はそれらの茶番劇に終止符を打つように、グラスにひと口分、残ったワインを飲み干し 「都築さん、今、在籍している部署で大きなプロジェクトが進行中と聞きましたが、こうした余暇を楽しむどころじゃないんじゃないですか?」 と、話題の転換を図る。 「実はダム建設予定地での土地の売買で、地元との摩擦が懸念されていましてね。それでも、私は優秀な部下を揃えて駒を動かすだけなので大した苦労はないんです」 都築の妻は、心の中でそんなはずはないと見破りながらも 「手巻き寿司、どんどん召し上がって。 こういう時には、まず、ホストが率先して行かないと。あなたから手を付けて」 と夫に発破をかけた。
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