招かれざる客

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招かれざる客

横浜まで行く都築と別れ、新子安で降りた柏木は、駅の時計を見て、従兄弟の佳之が訪ねて来るまで、まだ余裕があると認識した。 駅から、ほど近いマンションに着くと、そのままエレベーターで五階へと上がり、一人住まい故のワンルームの部屋に向かう。 越してから、誰とも顔を合わせないという現象も、都会特有のものであると理解していた。ドアを開け、こぎれいにしてある部屋が目に飛び込んでくると、何か物悲しい気分になり、人の温もりのようなものにすがりつきたくなる自分がいる。 「おい、おい。そんなタマじゃないだろう」 と自分に突っ込んでみるが、そろそろ、気分転換となる何かを見つけて、仕事とプライベートを切り分けていかなければと考えた。 スーツから部屋着に着替え、キリマンジャロのコーヒーをセットする。 柏木は、従兄弟の佳之が来るまで、ひとときも無駄にしたくないと言う思いからノートパソコンを開き、説明会の内容を打ち込んで行く。 作業開始10分後、来客を知らせるベルが鳴る。 佳之に違いないと思った柏木は、特に急ぐこともなく、ドアを開けた。 「お邪魔しまーす」 相変わらず服装が若いと思ったのも束の間、佳之は、柏木が「おう、久しぶり」と声をかけたと同時に中に入って来た。 「相変わらず、綺麗にしてるなぁ。 全く、一人暮らしの男の部屋とは思えないよ」 「で、今日はどうしたの?」 「ほら、知宏から金借りてたじゃん? ある時に返しておかないと、又、使ってしまいそうでさ」 そう言った後、数枚の札をテーブルの上に置く。 こうした事でもない限り、訪ねては来ない佳之ではあったが、幼い頃は二人で共通の敵に向かって行ったりし、それなりに仲良く過ごしてきた。 「そっか。悪かったな。まっ、座れよ」 柏木は、佳之にそう言い、コーヒーを出そうとキッチンに立つ。 しかし、カップを用意した時点でミルクを切らしていた事に気づき 「コンビニでミルク、買って来る」 と断って、一人、部屋を出た。 部屋に戻り、コーヒーにミルクを添えて出すと、男二人は積もる話があると言いう訳でもなく、佳之は携帯に張り付き、柏木は、中断していた文書の作成に取り掛かった。 暫くすると、佳之が「俺、寝るわ」と言い、座布団を二つ並べた上に横になる。 数分も経たない内に、規則正しい寝息が聞こえ、柏木は、隅に置いてあった毛布を掛けてやる。 自分も寝る準備に入らなければと思った柏木は、風呂は沸かさずシャワーだけで済まし、浴室から出る。 部屋で無防備に丸くなって寝ている佳之を見て「屈託の無さは昔と変わらないな」と、思い、幼少期に記憶を戻す。 柏木が、小学校二年の冬、両親が別れる事になり、一人っ子の柏木は、一先ず父方の叔父の家に身を寄せた。 叔父の家には同い年の従兄弟、佳之がおり、実の兄弟のように接していたが、やがて叔母が、息子より成績の良い柏木を疎ましく思うようになり、柏木は、急遽、福井の祖母の家に預けられた。 当時、60代前半であった祖母は若々しく、柏木に十分すぎる程の愛情を注いでくれた。 「いろいろあったが、福井のばあちゃんの所に引っ越してからはのびのびやれた。あのまま、叔父さんの家にいるより良かったのかも知れないな」 柏木はそう結論付けると、仕事を切り上げ、床に就いた。 柏木佳之は列車を利用して岐阜県K市に来ると、駅前でレンタカーを借り、メモに記した簿記専門学校の前で、水上真梨を待ち伏せた。 真梨の情報は先日、従兄弟の部屋に泊まった際、彼のパソコンから入手していたので、後は、計画を実行に移すだけだった。 佳之は水上一家全員が写っている写真を携帯に取り込んでおり、下校してくる生徒の中に真梨を見つけると「あいつだ」と狙いを定める。 続いて友人と別れ一人になった真梨の下に忍び寄ると 「水上真梨さんですね。 私、国土交通省職員の佐藤と申します。前回の会議の内容で至急、確認したい事がありまして、申し訳ないのですが近くの喫茶店でお話しさせて頂いても宜しいでしょうか?」 と畳み掛けた。 よほど、緊急を要する事なのだと思った真梨は「わかりました」と答え、車の後部座席に乗り込んだ。 佳之は車に真梨を乗せると、郊外のファミレスへと向かい、駐車場に車を入れる。レストランに入った二人はウェイトレスに案内され窓際の席に着くと、やや緊張の面持ちで注文を通す。 コーヒーが運ばれてくるまで、 真梨はそれとなく男の顔を盗み見てみる。すると、ダム建設説明会で数回会っている柏木に、どことなく似ているような気がし、一体、どういう事なのだろう?とした疑問を抱く。 せわしなく携帯を操作している男の様子からしても、彼が省庁勤めの公務員であるとは俄かに、信じられないとした真梨ではあったが、ここまで来たら彼の目的が何であるのか、突き止めたいという気持ちも強く芽生えていた。 コーヒーが運ばれて来て、それぞれ何口か口にした後、男は 「今日は突然、声を掛けてすみませんでした。 私みたいな人間に声を掛けられたら、そのまま無視して通り過ぎても良さそうなのに、あなたは話を聞き、尚且つ時間を割いて下さった。 私、柏木知宏の従兄弟なんですよ。あいつから、何度か訪問している仕事先に、とても素敵な女性がいる、と聞かされてましてね。 思った以上に素敵な方だなぁと… それと、知宏は気立てはいい奴なんですが、金にルーズでしてね。 一年前に貸した50万がそのままになっているんです。もし良ければ、あいつの顔を立てて、50万、肩代わりしてもらえませんか?」 と、悪びれもなく言う。 真梨は、厄介な事になったと思い、この窮地を如何にして脱するべきか考えた。 恐らく、男はあの国土交通省の職員、柏木の従兄弟であるのだろう。 警察に突き出す事は出来るが、柏木の職場での立場が一気に悪くなる事を考えれば、隠密に事を運ぶしか道はないように思えた。 一旦、腹を決めた真梨は 「わかりました。お金を下ろしたいので、車で駅前まで行ってもらえますか?」 と言い、二人で店を出る。 真梨は駅前の繫華街の一角にある銀行に入り、ATMで金を下ろした後、 銀行の待合室の長椅子に掛け、ラインで友人に現在の状況を伝え、さらにある頼み事をした。 数分後、落ち着きを取り戻した真梨は「負けてたまるか」との思いで柏木佳之の下へ戻る。 車の助手席に座った真梨は、サイドボードの上に金の入った封筒を置き 「柏木さん、あなたが車を借りたレンタカーショップは、私の友人の父親がやっている店なんです。 それで、今しがた車のナンバーの照会を頼み、あなたの個人情報を入手しました。 封筒に入っている金額では不服かも知れませんが、これが今の私に出せるぎりぎりの額です。 あなたが再度、実の従兄弟を陥れようとしたならば、私は直ちに警察に届け出る。わかりましたね」 と言って車から降りた。 真梨の様子にただならぬ気配を感じた佳之は、封筒の中を確認する事もせず、憮然とした表情のまま車を出した。
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