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皐月の怒り。
悍ましい悲鳴を上げながら、無造作に入れられた男性の首を見て激しく崩れ落ちた皐月。
「ああ~!ショックだよな!?お気に入りのペットだったもんな~!!アハハハ」
そう言って嗤うボストンバックを持って来た男に、崩れ落ちていた皐月が文字通り牙を剥いた。
「このイカれ野郎がぁぁぁ!!」
目に見えぬ速さで男に襲いかかる皐月の瞳は血のように赤くなり、口から見える鋭利な牙で彼の喉元を噛み切ろうとしている。が、男は薄く笑いながら皐月の動きを指一本で止めた。
「おいおい、俺に敵うとでも思ってんのか?」
指一本で止められている皐月は、必死に暴れるがこれ以上はビクともしない。そんな光景をつまらなそうに見ていた優斗は、座っていたソファーから立ち上がると転がっている若い男の首を見下ろした。
「こいつが“愛華”を狙っていた赤月家の刺客か?随分とこちらも馬鹿にされたものだな」
優斗は男の首を踏みつけながら、暴れる皐月を睨みつける。
「あいつらも必死なんだろう?“愛”が全てを思い出して、力を取り戻したら赤月家の終わりを意味するからな~」
男は嗤いながらそう言うと、暴れる皐月を思いっきり投げ飛ばした。そして倒れた皐月の胸にいつの間にか持っていた鋭利な刃物を平然と突き刺す男。悲鳴にもならない痛々しい声が部屋中に響く。
「ああ、心臓は避けたからすぐに塞がるだろう?心臓は時間がかかるからな~!今以上に激痛だしね~?」
嗤いながらまた狙いを定めている男に恐怖する皐月。
(この男はやばいわ⋯このままじゃ本当に殺される!)
男が心臓を目掛けて刃物を突き刺そうとした時だった。タイミング良くインターホンが鳴り、壊れた玄関から数人の足音がこちらに足早に向かって来る。そしてリビングのドアが開いて入って来たのは黒いスーツを着た屈強な四人の男と、見てすぐに分かる最高級の着物に身を包んだ上品な貴婦人だった。
「勝手に失礼するわね、娘の危機だったから入らせてもらったわ」
皐月に刃物を突き刺そうとしていた男は、あからさまに嫌そうな顔を貴婦人に向けた。
「空気の読めないオバハンだね~?せっかく娘の首をプレゼントしようと思ったのになぁ?」
そんな嫌味を気にする事なく、貴婦人が黒いスーツを着た男達に目配せする。すると、男達は刃物を力尽くで奪うと皐月を起き上がらせる。
それを見届けた貴婦人は優斗の前に立つと、いきなり土下座を始めた。
「将太⋯いえ、優斗様。この度の娘達が行った事は、私どもの教育不足によるものです。赤月家はあの方に対して危害を加える事は今後決してありません」
土下座する貴婦人を冷たく見下ろす優斗。
「ではこの男が愛華をつけ狙っていたのは何故なんだ?彼女が気付いていなくて良かったな。もし気付いて怖がらせていたら赤月家は今頃もうないぞ?」
優斗が踏み潰している若い男の首をチラリと見た貴婦人だが、感情を表に出さない。
「彼は⋯娘に付き纏っていた男です。愛⋯愛華様が娘の婚約者である優斗様に付き纏っていると勘違いしたみたいです。娘を思って愛華様に嫌がらせをしようとしたと思われますわ」
「⋯⋯。何故婚約者ではなく愛華に嫌がらせをするのかは疑問だが、まぁあれでもし赤月家が雇った刺客だったら質が悪すぎて笑えるくらいだからね?」
優斗の侮辱に貴婦人は顔色一つ変えずに頭を下げ続けていた。
「今回はこの男の首で許すけど、今後愛華の周りに少しでも赤月家の匂いがしたら⋯次は貴女の首ですかね、紀美江さん?」
紀美江と呼ばれた貴婦人が、ほんの一瞬だけ鬼のような形相になったのを優斗は見逃さなかった。
「⋯。肝に銘じますわ、本当に申し訳ありませんでした」
紀美江は優斗にもう一度深く頭を下げると、起き上がり娘である皐月の元に歩いて行く。そして思いっきり皐月の頬を打った。
「貴女も謝りなさい!!この“赤月家”の面汚しが!!」
紀美江の物凄い威圧感に震え上がる皐月は、悔しそうに唇を噛むと一呼吸置いて、優斗の前に行き頭を下げた。
「申し訳⋯ありません⋯」
頭を下げた時に、首だけになって転がっている男の見開いた目と目が合った皐月は激しい怒りと共に復讐を誓った。
その後、紀美江と共に高級車に乗り込んだ皐月。暫く沈黙が続いていたが、母親である紀美江が重い口を開いた。
「あの男は貴女のお気に入りだったわよね?」
「⋯⋯。暉(あきら)は恋人よ」
ポツリと呟くように話す皐月。紀美江は娘である皐月が最近変わった事に気付いていたが、まさかあの男が娘の恋人だったとは知らなかった。優斗とは形だけの婚約だとは分かっていて、お互い干渉もしなかったがまさかここまで本気だとは思わなかった。
「まさか⋯“力”を与えていないでしょうね?」
紀美江のその言葉に、我慢していた涙が溢れてくる皐月。
「与えていれば⋯私がこれからの関係を恐れないで正直に話していれば⋯暉は死ななかったかもしれないのに!!」
泣き喚く皐月を宥めながら、紀美江はあの恐ろしい男を思い出していた。
(⋯当分は動かない方がいいわね⋯)
紀美江が何やら考え込んでいる中で、泣き続ける皐月は激しい怒りを抑えられないでいた。
(あいつらにも私と同じ思いをさせてやるわ!!)
「愛華に護衛が必要になるかもしれないな」
優斗が香美矢に何やら指示しながら、ボストンバックを持って来た男の目を見る事なく話しかける。
「ああ~⋯ってもうこの話し方はしなくていいのか。そうですね、何人か手配しますか?」
「照光、お前の⋯」
そこまで言って黙ってしまう優斗に、照光と呼ばれたボストンバックを持って来た男が怪訝な顔をする。
「何か良からぬ事を考えていませんか?」
「ああ。良からぬ事を考えた」
そう言って優斗は冷酷に笑った。
彼の視線の先にあったのは無造作に転がったままの首だった。
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