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残酷な男。
皐月という名を聞いてあからさまに顔を歪める優斗。
「いないと言え」
香美矢にそう指示すると、彼女は何も聞かずに一礼して去って行った。
「え?良いの?私なら別の部屋にいるから⋯」
「愛華はここに居て下さい。別に大した事ではないので大丈夫ですよ」
そう言って愛華の頭をさりげなく撫でる優斗。
「おい、本気で訴えるぞ!」
辛辣な愛華の態度だが、何故かそれすらも嬉しい優斗が更に愛を囁こうとした時だった。玄関の方が騒がしくなり、何か揉めているのが分かった。
「⋯⋯女の人みたいだけど⋯恋人か何か?」
愛華は胸の辺りが少し騒つくのが分かった。だが、それを悟られない様に下を向く。
「⋯。もしかして嫉妬をしてくれているんですか?」
「はあ!?あり得ないんですけど!⋯⋯!?」
優斗の発言に、猛抗議する為に顔を上げた愛華だったが、何故か恍惚とした顔をしている彼を見て驚く。
「正直に言います。“あれ”は私の決められた婚約者です。」
「婚約者をあれって⋯」
愛華が呆れていると、香美矢の「勝手に入られては困ります!」という声が聞こえてきた。それと同時に荒々しくこちらに向かってくる足音がして、リビングのドアが勢い良く開いた。
そこに立っていたのは愛華が見惚れるほどの綺麗で妖艶な女性だった。綺麗な黒髪に切れ長の瞳、豊満な胸もスタイルも全て完璧で天女が舞い降りたようだ。こんな人が優斗の横に並んでいたらお似合いだと言われるのだろう。
(まただ⋯胸がざわざわするのは何だろう⋯)
自分の胸を見て、ふと目の前にいる妖艶な女性の豊満な胸が目に入った愛華だったが、何故か悲しくなり何も考えない事にしたのだった。
「⋯おい。勝手に入ってくるな」
優斗は女性を睨みつける。それは決して婚約者に見せてはいけないような酷く冷たい顔だった。
「⋯この子が“そうなの”?」
女性はそんな優斗に怯む事なく、愛華を見ながら何かを確かめている。
「え?私はこの人と何も関係ありません!だから勘違いしないで下さい!!」
変な誤解されては困る愛華は、必死に女性へ訴えかける。確かに濃厚すぎるキスはしてしまったので何も無かったとは言えない罪悪感はある。
「何を言っているんですか?愛華と私は相思相愛ですよね?」
「おい、少し黙れ!空気を読め!」
婚約者の前で堂々と愛を囁く優斗に怒りを露わにする愛華だったが、何も言わない女性に違和感を覚えて振り向いた。すると、女性は涙を流してこちらをただ見ていた。
「あ⋯」
泣いているこの女性を何故か愛華は“知っていた”。
「おい皐月、泣くな。愛華が困っているだろう」
「だって⋯またこうして“戻ってきてくれた”のよ!」
泣き崩れる女性の背後に追ってきた香美矢が現れた。それを確認した優斗が香美矢の元にゆっくりと歩いて行くが、何故か嫌な予感がした愛華が腕を掴み引き止める。
「やめて。この人に何かするつもりでしょ!?」
その行動に驚き目を見開く香美矢。
「愛華。何もしませんよ、皐月を帰すだけです」
「私は帰らないわよ!もっと“愛”と話をしたいもの」
(愛?私のことよね?)
皐月と呼ばれた女性は、自分に向かってくる優斗に反論する。
「愛華はまだ何も思い出せていない。今はあまり刺激をするな」
(私が思い出せないって?この人達は何を言っているの?)
皐月が考え込む愛華の元に駆け寄って来た。そして思いっきり抱きしめられたと思ったら大声で泣き出してしまった。
「え?どうしたんですか!?」
何も言わずに泣き続ける皐月と、そんな彼女を引き離そうとする優斗の攻防を唖然と見守るしかない愛華。
「おやおや、もうやって来たか」
足音も気配も感じなかったのに、香美矢の背後に見覚えのある人物が立っていた。
「爺ちゃん!?」
愛華の祖父である桜崎誠一郎が泣き続ける皐月の首根っこを掴み愛華から引き剥がした。
「玄関の鍵は閉めた筈だが?」
「ああ、嫌な予感がしてこじ開けてしまったよ」
優斗の嫌味に笑顔で爆弾発言する桜崎誠一郎。
「爺ちゃん!弁護士なのになんて事を!?弁護士に弁護士を用意しないと!」
愛華の酷い焦りように、この場にいた皆がついつい微笑ましく見つめてしまう。
その後に落ち着いた皐月に、後日改めて会う事を強制的に決められた愛華は、祖父である桜崎誠一郎に連れられて帰って行った。部屋に残った皐月は先程とは打って変わって冷酷な表情の優斗と話をしようとした。
「愛⋯愛華は思い出すかな?」
「思い出さなくても良い」
優斗のその言葉に顔色が変わる皐月。
「何言ってるの!?愛が全てを思い出さなきゃ⋯」
「思い出さなきゃ何だ?“彼奴ら”に何かを言われたか?」
優斗の鋭い視線が皐月に突き刺さる。
「何を⋯何のこと?」
急激に焦り出した皐月の背後にいつの間にか立っていたのは香美矢だった。
「何よ!!下民の分際で私の背後に立つなんて!」
「お前が愛華を見て泣いたのは驚いたよ。いつからそんなに“仲良く”なったんだ?昔は近寄ろうともしなかっただろう?」
香美矢に喰ってかかる皐月に冷たく言い放った優斗。
「愛華と会うと言っていたな?何の為に会うんだ?私や他の騎士がそれを許すとでも思っているのか?」
「私は⋯」
皐月が何かを言おうとしたが、香美矢が優斗の目配せに気付いて静かに玄関に向かう。そんなやり取りに気付いた皐月は嫌な予感がしてここから離れようと立ち上がった。
「どこへ行く?」
「愛にも会えたからもうここに用がないもの。帰るわ」
「待て。お前に見せたいものがあるんだよ」
そして大きな音と共に香美矢が誰かと戻って来た。
「優斗~!お前は本当に人使いが荒いな~!」
香美矢の背後から現れたのは二十代半ばくらいのこれまた野生的な美しさを放っている男性であった。筋肉質のアスリート体型で、話し方は軽薄そうだが身なりと雰囲気には品がある。だが、皐月はそんな彼を見た瞬間にブルブルと震え上がり動けなくなる。
そしてやって来たこの男は持っていた大きなボストンバックを床に置きながら、震える皐月を見て嬉しそうに笑う。
「おお!皐月かぁ!!三十年ぶりだな!!」
話しかけられている皐月はこの男の持っていたボストンバックから目が離せない。それに気付いた男は思い出したようにバックを皐月の元に持って行く。
「ああ、これか!見ても良いが俺を恨むなよ?恨むならそこにいるお前の婚約者を恨めよ!?」
開ける勇気がないのかなかなか動かない皐月を見た香美矢が、無表情のままにボストンバックのチャックを淡々と開けていく。開いたバックの中身を見た皐月は悍ましい悲鳴をあげた。
そこには若い男性の首が無造作に入っていたのだった。
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