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破滅までのカウントダウン。
保健室に入ると、白衣の女性が驚いたように立ち上がると駆け寄って来た。
「理事長!?どうされたんですか?」
「彼女を見て欲しいんですが、手を怪我したみたいです」
宮ノ内は私の手を優しく持ち、白衣の女性に見せる。女性は痛々しい愛華の手を見て眉を顰める。
「⋯貴女は転校生よね?もしかして二年A組じゃない?」
「はい。そうですけど⋯何で?」
(何故分かったのだろう?)
すると白衣の女性、大宮保険医は不思議に思っている愛華を椅子に座らせて、先に応急処置をしてくれる。
「骨に異常は無いと思うけど、一応病院には行った方がいいわ」
「分かりました。ありがとうございます」
「⋯この怪我、もしかして近藤茉莉奈さんにやられたんじゃない?」
「えっ⋯何で分かったんですか?」
驚く愛華をよそに、大宮保険医は横で見守っていた宮ノ内に向かい訴え始めた。
「理事長!彼女の⋯近藤茉莉奈さんの被害者が沢山いるんです!皆、体や心に傷を負って自主退学する子や不登校になっている子もいます!」
「近藤茉莉奈ですか⋯。高島さんも彼女にやられたんですか?」
宮ノ内に問われたが、愛華は何も答えられない。今横に立っているこの男が怖い。穏やかな見た目と反して何か底知れぬ怖さがこの男から滲み出ている。
「⋯。大宮先生、貴重な情報ありがとうございます。私の方でこの件を“対処”します」
そう言うと、宮ノ内は愛華に今日はここで過ごしなさいと言い残して出て行った。
「理事長に会えて良かったわ。貴女もここにいなさい、水口先生には私から言っておくから」
「あ、はい」
大宮保険医がそう言って部屋を出て行ったので、遠慮がちに促されたソファーに座る。
(あの理事長⋯一見優しそうなんだけど何か苦手だわ)
それから担任の水口が愛華の鞄を持って来たが、特に怪我に触れること無く逃げるように保健室から出て行った。特にすることもないので教科書を開いた愛華だが、事件はすぐに起こったのだった。
今、近藤章雄は緊張で流れてくる汗を懸命に拭いていた。大手飲食チェーン近藤グループの社長の風格は何処へやら今は蛇に睨まれた蛙状態だ。目の前にいる洗練された男、宮ノ内優斗が右腕である香坂とこの社長室にいきなりやって来たのはほんの二十分前の出来事だ。
「あの⋯本日はどう言ったご用件で?言って下されば私の方から出向きましたのに!」
「ああ、結構です。要件だけ伝えたら帰りますので」
無表情でひどくつまらなそうな宮ノ内が更にこの部屋の緊張感に拍車を掛ける。
「近藤茉莉奈、貴方の娘ですが本日をもって退学になりますのでそのご報告が一つ」
「⋯はい?」
淡々と話す宮ノ内だが、その内容は近藤章雄にとって理解し難いものだった。
「もう一つは近藤茉莉奈の被害者である高島愛華への心からの謝罪を要求します」
「あの⋯仰っている意味が良くわからないのですが⋯うちの茉莉奈が何故退学になるんですか!?」
「複数の生徒へのいじめ行為と傷害行為です。被害者は推薦枠で入学した一般生徒達ばかりで、一応個人的に金銭的解決をした様ですが本校はそれを認めらないという判断がなされました」
宮ノ内に代わり香坂が説明する。
「そんな⋯花森を退学になったらどんな噂になるか⋯宮ノ内理事長!お願いです!その生徒にも謝罪しますのでどうか退学だけは⋯お願いします!!」
ソファーから崩れ落ちる様に土下座をする近藤は宮ノ内に必死に訴える。
「近藤さん、“愛華”の手が痛々しく腫れ上がっていたんですよ」
「へ?」
「あの綺麗で華奢な手が⋯貴方の娘の愚かな行為で傷ついたんですよ」
無表情だが、宮ノ内の内なる怒りが沸々と滲み出ているのが分かる香坂は急いで鞄から退学届を出して近藤章雄に渡した。
「どうしてですか!?被害者達とはもう和解済みですし、その生徒にも謝罪に行くと言っているのに何故茉莉奈を退学にするのですか!?」
「他の被害者?和解?そんな事は正直どうでも良いです。愛華に傷を負わせた代償を払って頂きますと言っているんです」
「あいか?その⋯「ああ、気安く名前を呼ばないで頂きたい」
宮ノ内の狂気を含んだ目に怖気付いてしまう近藤章雄。
「退学と破滅のどちらを取るかですよ?簡単な事でしょう?」
「はっ⋯破滅?」
「早く決めて下さい。愛華が心配だ、すぐにでも戻らないと」
あまりに自分勝手な宮ノ内に章雄は怒りを覚える。
「い⋯いくら宮ノ内さんでもこんな事して許されると!?わ⋯私は貴方のお父上とも交流があるんですよ!」
「父上の名前を出せば私が怖気付くとでも?本当に親子共々どうしようもない人達ですね」
吐き捨てる様に言うと、立ち上がり社長室から出て行こうとする宮ノ内と香坂。
「待って下さい!すみませんでした!どうか⋯お許しください!」
「貴方は破滅の道を選んだみたいですね」
宮ノ内の脚にしがみついて懇願する近藤章雄にもはや社長としての風格すら無い。宮ノ内は惨めな中年男性に更なる追い討ちを吐き捨てて部屋を出て行った。
「はぁ!?私が退学ですって!?」
水口に呼び出されて職員室にやって来た近藤茉莉奈は自分の置かれた状況を全く理解出来ないでいた。
「り⋯理事長から先程連絡があってね。」
「納得出来るわけないでしょ!?パパに連絡するから!」
そう言ってスマホを取り出し、父親である近藤章雄に連絡するが何回かけても繋がらない。
「何なのよ!!兎に角、私を退学にしたらうちのパパが許さないから!」
「いや、でも⋯お父上も納得されたと聞いていますが?」
「はぁ!?そんな事ある訳無いでしょ!ていうか何で退学になるのよ!もしかして退学した誰かが宮ノ内様にチクったの!?」
近藤茉莉奈は生まれた時から金持ちだ。両親からも蝶よ花よと溺愛されて、我が儘で傲慢に育った茉莉奈はお金で解決できないものは無いと思って生きてきた。そして何より自分より遥かに劣る者が自分より目立つのが酷く許せなかった。なのでそんなゴミ連中に自分の立場を解らせてやっただけなのに何故退学にならないといけないのか?絶対に納得出来る訳がない。
「あんたと話していても埒が開かないわ!理事長と直接話すから!」
直接話そうと職員室を出ようとした時だった。いきなり腕をを強く握られ、驚いて振り返ると水口が今までに見た事のない様な厳しい顔で茉莉奈を見ていた。
「お前が会いたいと言って会える御方ではない。いいから荷物を纏めて今すぐに出て行け」
普段の情けない姿からは想像出来ない変わりように一瞬呆気に取られてしまう茉莉奈。
「ああ、それと理事長から伝言だ。今すぐに高島に謝れだそうだ」
「何なのよ⋯」
茉莉奈が反論しようとした時だった。彼女のスマホに父親から着信が入った。
「あ、もしもしパパ?聞いてよ!私を退学⋯『茉莉奈!!今すぐに高島愛華さんに謝りなさい!!』
父親の聞いた事の無い必死の声に驚く茉莉奈だが、その内容に納得いかない。
「何言ってんの?まさかあの子が騒いだの?じゃあまたお金でも渡せば⋯」
『うるさい!!いいから今すぐに謝れ!!そうしないと明日からお前も私も路頭に迷う事になるんだぞ!?』
今までにない父親の焦りと必死さに危機感を感じた茉莉奈だが、彼女の性格からまず謝る事など出来ない。逆に高島愛華への怒りで震える茉莉奈は、水口の手を振り払いその足で保健室へと向かうのだった。
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