本物の勇者と姫

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本物の勇者と姫

 森に春が訪れて、鳥が歌う。  魔女の館に訪れたのは勇者と姫だ。 「よくいらっしゃった」  魔女が出迎えると、姫が謙虚に頭を下げる。勇者はそれを優しく見守る。 「今年も春が来ましたので、魔女様に魔法を教わりたいのです」 もともと王位継承権の無い姫だ。活躍を理由に王位を薦められたが、数少ない人間の魔術の使い手として二国の友好の懸け橋になる道を選んだ。 「お腹の子のためにも、か」 言い当てた魔女に勇者と姫は驚き目を丸くして顔を見合わせる。  魔女は応接間に二人を通して春の薬草の茶をふるまう。 「最近、ヒストリアは何をしているのか。魔女様は知っていますか?」 首を傾げ尋ねる勇者に魔女は神妙に首を振る。  姫もティーカップを置いて首を傾げたが、二人のしぐさがそっくりで魔女は思わず笑いをこらえた。 「お腹の子に付ける名前を占って欲しいのに」 ヒストリアを頼りたい二人が頷き合う姿はあまりに平和で、魔女の家になじまない程だ。  魔女はそっと、密かな口調で尋ねる。 「勇者様は賢者様と一緒に修行をしたのですか?」 勇者はぱっと明るい顔になる。 「何度も稽古をつけてくれました。ヒストリアは優しくて。いつ訪ねても快く応じてくれました」 魔女の笑いの意図は分からずとも、何かを感じ取った勇者はそっと見つめる。 「姫様と出会ったのはいつですか?」 勇者と姫はにこりと顔を見合わせた。 「俺が七歳くらいだったか。俺を育てた盗賊に姫を連れてこいと言われて、馬鹿正直に姫に声をかけに行ったんです」  勇者の頬が赤いのは恥ずかしさだけではないだろう。 「姫も子供だったから俺を客人だと思ったらしく、焼いていたパイを食べさせてくれました。木苺のパイです」 「よく覚えていますね! 木苺だったのね」 「あんなにおいしいもの食べた事なかったからね」 魔女は誰にも失礼の無いよう、静かに微笑む。  魔女は勇者と姫を地下室に連れて行く。  空の大鍋をちらりと見た姫は魔女に向上心だけでなく好奇心も混ざる顔を向けた。 「記憶人形の魔法は完成しそうですか?」 魔女は誰にもばれないように静かに笑った。 「おそらく無理でしょう」  目には見えないが、その嘲笑を感じ取ったのだろう。  姫は謙虚に頷き、勇者は俯いた。  姫に魔力の刺繍を作る鍛錬を指示すると、魔女はそっと遠ざかる。  姫が刺繍に集中している隙に、勇者の元へ歩いた。 「賢者様には少しの間会えないかもしれません」 勇者は何を感じたのか。  彼は頷いた後、何かを言いたそうに黙っている。  魔女はそれを待つ。  勇者は悲しそうに笑う。  勇者は結局、何も言わなかった。
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