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「初めてお目にかかります。エルミオン大公エドワードの息子、ノアにございます」
玉座の間に響く、声変わり前の澄んだ声。
その持ち主であるノアと名乗った少年は、堂々と気品溢れる所作で跪き、礼を取った。
年齢の割にとても大人びて見える。
ふわふわとした白銀の髪に、透き通る金色の瞳。
ノアはまるで、美しく若い狼のようだった。
「綺麗ね!お前、気に入ったわ!」
国王アレクサンダーが座る玉座の横に立ち、頬を紅潮させながら興奮気味にノアを指差したのは、シャーロットの双子の妹エリザ。
黄金のように光り輝く金髪と、薄いグレーの瞳は同じだが、ふたりの性格はまったく違う。
「エリザ、黙りなさい」
王妃である母が窘めると、エリザは拗ねたように頬を膨らませた。
ノアは跪いたまま、その様子を静かに見つめていた。
「ふん。よこしたのが次男というのは気に入らないが、まあいいだろう。ノアとやら、今日からこの城がお前の住まいだ」
国王の言葉にノアは深々と頭を下げる。
この時の姉妹はまだ、ノアがこの国にやってきた本当の理由を知らなかった。
シャーロットの暮らすオルレアン王国と、隣接するノアの祖国エルミオン公国は、もとはひとつの国だった。
現オルレアン国王アレクサンダ―には腹違いの弟がいた。二歳年下の第二王子エドワード、現エルミオン大公だ。
ふたりは対照的な兄弟だった。
エドワードは文武両道、そして性格は非常に穏やかで信義に厚く、時に主従の垣根を越えて臣下たちと接する彼を慕う者は多かった。
対してアレクサンダーはなにごとにも飽きっぽく、性格は傲慢。座学も剣も出来が悪かった。
誰もが次期オルレアン国王はエドワードだと信じて疑わなかった。
しかし前王が指名したのはアレクサンダーであった。
この決定に、長年国を支えてきた重臣たちはもちろん年若い官吏に至るまで、口々に疑問の声を上げた。
『なぜ次期国王はエドワードではないのか』
これに対し前王から明確な答えが返って来ることはなかった。
そしてエドワードも、父王の決定を黙って受け入れた。
しかしこの件に関しては、アレクサンダーの生母である王妃の意見が色濃く反映されているのだろうと、事情を知っている者たちの間で噂されていた。
エドワードの母親である第二妃は生家の力が弱く、彼女とエドワードは長年王妃から執拗な嫌がらせを受けていた。
証拠はないが、命を狙われたことも。
プライドの高い王妃は許せなかったのだ。
王族は重婚が認められているとはいえ、夫が第二妃を娶り、子をもうけたこと。
その相手が自分よりも格下の出身であったこと。
そしてエドワードがアレクサンダーよりも優れているということが。
結果、怨嗟の念はすべて第二妃とエドワードに向けられた。
だがそれも、アレクサンダーが次期国王に指名されてからぱたりと止んだ。
心の優しいエドワードは、後継者争いから黙って降りることで、母親と自身の心の安寧を守ったのだろう。
そして時は流れ、エドワードはエルミオンへ赴くことになる。
エルミオンは、オルレアンと周辺国をつなぐ街道が集まる交通の要衝であり、争いの絶えない土地であった。
臣下からの信望厚いエドワードを煩わしく思っていたアレクサンダーが、あえて危険な地域に彼を派遣したのだ。
懸命に国のため、兄のために務めてきたエドワードに下された残酷な指令。
しかしエドワードは腐らなかった。
派遣された地でその才能を遺憾なく発揮し、またたく間にエルミオンを大都市へと変貌させたのだ。
そしてエルミオンを狙い、争いを仕掛けてくる周辺の民族との融和を図り、やがてそれは実現する。
『発展を遂げたエルミオンを独立国家として認めて欲しい』
そう申し出たエドワードに、国王となった兄アレクサンダーはある懸念を抱いた。
──弟が、自分に牙を剥くかもしれない
しかし、オルレアンの統治に四苦八苦していたアレクサンダーには、エルミオンのことまで背負いきる器がない。
だから独立を許可する代わりにある条件を出したのだ。
『信頼と友好の証として息子を差し出せ』と。
言わば人質だ。
そして翌年、エドワードは苦渋の決断をする。
エルミオンの独立を果たすため、彼の二番目の息子であるノアをアレクサンダーに差し出したのだ。
シャーロットが十二、ノアが十四を迎えた春のことだった。
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