12.見下ろされてばかりでは歯痒く

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12.見下ろされてばかりでは歯痒く

●  ────時間は一瞬のようにも感じられた。先ほどまで目に見えていた見慣れた景色が、瞬きの一瞬で違う景色に変わっていた。ソルローアルの慣れ親しんだ民家の並ぶ光景から、広大な草原へ。座標はアルルの指定によって安全だと判断された地点なのだろう。  ノエルは頭を横に振った。転移魔法独特の疲労によって頭が重く感じる。こればかりは昔から慣れないのだ。  セフィーの発動した転移魔法によって目標の町の近くまで移動してきたアルル、ノエル、シュヴェート。そして、セフィーはアルルの横でふよふよと浮きつつ、ノエルに声をかけてきた。 「大丈夫でございますです? ノエル様」 見た目はプテにそっくりな白い身体の妙な生物セフィーは優しい気遣いをノエルにしてくれた。受け取ったノエルは小さく頷き、セフィーに笑ってみせる。 「…………だ、大丈夫。ありがとう、セフィーちゃん」  こんなところでへばっていたら足手まといにしかならない。ノエルは自分を叱咤し、力なく笑みを作る。  それを近くで横目に見ていたアルルがノエルに言う。 「ノエル、無理しなくてもいいわよ。最近は転移魔法使うようなことも無かったし、昔と比べたら疲労感じるのは仕方がないわ。現に私もちょっと疲れたもの」 「…………うん、でも、ヴェルは平気そうだね」  自分の隣に涼しい顔をして立っているシュヴェートに視線をやり、ノエルは「すごい」と素直に言葉を口にした。ノエルの言葉をしっかり拾っていたシュヴェートは表情を変えずにノエルに視線を向ける。  シュヴェートの視線に気がついたノエルは真っ直ぐ、視線を返してくる。 「──俺は、ブランシュの後について回っているからな……」  ノエルの視線に返すようにシュヴェートは答えた。ソルローアルの村を守る自警団の一員として、ブランシュの後について回りシュヴェートは今も何だかんだと戦いに身を置いている。過去、ブランシュ直属の部下でもあったシュヴェートは現在もその癖が抜けきっていない。ノエルもアルルも充分、それを知っている。  アルルは口を開けて呆れたような表情をした。 「お姉ちゃんも大概、アレだけどヴェルも大概よねえ……」  正直な気持ちを吐露するアルルの言葉を受け、ノエルはシュヴェートの気持ちを考え「アルルちゃん」と呼ぶが、シュヴェートは目を細める。  アルルの言葉に関しては自覚があるので、シュヴェートは気分を害することはなかった。 「俺はそれしか知らないからな」  剣の柄を握り、戦いに身を置く。それしかシュヴェートは己の価値を見出せない。昔からずっと、そうなのだ。シュヴェートが口に出した思いにノエルは顔を俯かせ、地面に生える草を見つめる。  風に吹かれて揺らめく草。ノエルは複雑な心境で草に視線をやった後に空へと視線を移す。暗い夜の空に浮かぶ、白い月。穏やかな光で夜を照らす月にノエルは願いを心の中で思う。  ────何時か。  遠くても構わないから。何時か、ノエルの気持ちが届いて欲しいと……。  どこか辛気臭い空気になってしまい、アルルは内心でしまったと自分のやらかしを後悔する。この空気になったきっかけはアルルであり、反省しなくてはいけない。アルルは素直故か思った気持ちを口にしてしまう。それが時として相手を傷つける経験は幾度もしてきた。  ────これは、どうしようかしら。  謝罪して前向きな空気になれば良いのだが、この場の全員がそれなりに色々と引き摺っているのは長い付き合いでよく理解している。アルルは自分の前髪を指先で弄りながら、かける言葉を探す。こういう時に姉や妹なら上手い気遣いが出来るのだろう。  そんな重い空気を破ったのは長子からの通信であった。 『アルル────────っっ!!』  長子デリアから名前を叫ばれ、アルルの耳から頭へ兄の声が突き抜け、アルルは仰向けに倒れた。 「アルル~!」  セフィーが焦り、仰向けに倒れたアルルの身体を抱き起こす。  突然起動した通信画面からデリアの怒りの叫びに、アルルも怒り出す。 「吃驚したじゃない! お兄ちゃん! 何?!」  憤慨、とまではいかないがアルルはぷんすこ怒りながら通信画面に向かってデリアに言う。  流石のシュヴェートとノエルも驚き、通信画面に注目する。 『ルルーが……、ルルーがいなくなった!!』 「ルルーが……? あのこだって子供じゃあないんだから、お兄ちゃんが大騒ぎしなくても……」 『ルルーに何かあったらどうするんだ!』 「自衛できるわよ……。少なくとも、そこらのブラッディロードは独りでも戦えるでしょ……。あのこ、お姉ちゃんと本質似てるし」  ルルーとは兄弟の末子であり、アルルにとっては妹だ。長子デリア、次子ブランシュ、そしてアルルに末子のルルー。末子のルルーは外見はとても可愛らしい女性なのだが、姉のアルルからすればブランシュとルルーの本質はよく似ている。戦いとなれば強い意志を示す性格は二人ともそっくりだ。  二人とも実力があるのだが、それでも長子は心配してしまうらしい。 『やっぱり、俺もそっちに行く! ルルーもそうだが、アルルもブランシュもお兄ちゃんは心配なんだ!』  心配性なお兄ちゃんは妹達を助けたいのだろう。 「大丈夫よ。……そんなに戦力を投入しなくても解決できるわ」 『…………むうう』 「でも、準備はしておいてもらいたいわ。相手は人質を取っている……、アンデル先生達の治療が必要な可能性もあるもの。そういう時こそ、お兄ちゃんにも手伝ってもらうから」 『アルル……』 「お兄ちゃんを何時だって頼りにしているから……。今は私達に任せて」  アルルの説得に画面の向こうのデリアは哀しそうな表情を浮かべ、数分間ぐらいかデリアは押し黙った。危険の中へ飛び込む妹達を助けに行きたい、という長子としての心配な気持ちがあるのだが……。頼りにしている、とアルルに言われれば気持ちを抑えて冷静にならねばならない。  デリアは深々と溜め息を吐く。 『はあ…………。わかった。アルルにそこまで言われるとなると、お兄ちゃんとしてここは我慢をするよ』 「うん、ありがとう」 『但し! 我慢をするのはお前達が深手を負っていないと感知出来るところまでだ! 強制送還も準備しておくから、そこはお兄ちゃんとして譲らないぞっ!』  デリアの条件にアルルは苦笑を浮かべつつも、「わかったわ」と了承の意を口にした。  …………シスコン。  デリアの清々しいシスコンぶりにシュヴェートは心中で思った。妹達が最優先のデリアにとって、ブラッディロードに支配されたと思われる他所の町など二の次なのだろう。二の次かも怪しいが……。口に出してもデリアは特に怒らないだろう。 『本当に、お兄ちゃんは心配しているからな! アルル、また連絡する』 「はいはい」  アルルはデリアとの通信を切り、画面を閉じた。セフィーに支えられたアルルは立ち上がり、ノエルとシュヴェートに声をかけた。 「……行こうか、二人とも」  距離はあるが、灯りに照らされた町が見える。魔界の欠片達など様々な脅威から町を守るための高い壁が、町を囲うように建てられている。あれを越えるには自力で登るか、魔法で飛んで昇るか、転移魔法で手っ取り早く町中へ入るか……。  …………お姉ちゃんなら自力で壁登りそうだなあ。  アルルは遠くから見ても分かる壁を視界に入れつつ思う。流石、妹なだけはあってブランシュの行動予想は的中しており、ブランシュは壁を登って町中へ入っている。 「…………でも、自力で壁登れそうなのはヴェルぐらいよね。私にはちょっと、無理だわ……」 「が……、頑張れば私は登れる……かな……?」  同じく壁を見たノエルは自信なさげに呟く。 「無理しなくていいわよ、ノエル。戦闘のために力は温存しておくに越したことはないもの。敵の数を把握しきれていないのが、少し厄介だけれど……。そうなると、転移魔法を使うのは無謀だわね」  大がかりな魔法や魔力の流れが強く感じる転移魔法を使えば敵に気づかれる。このメンバーでの敵陣突破はあまり考えたくない、とアルルは思考を巡らす。アルルは後衛魔法担当、ノエルが防御と治療魔法担当、シュヴェートが前衛担当だ。正直、複数相手の戦闘になればシュヴェートへの負担が大きくなる。このメンバーではあまり目立たないことが得策だと、アルルは考えた。 「…………さて、どうやって町に入ろうかしら」  どこかに出入り口がある筈だ。正面ではなく、緊急用などの通路が。そこから入るのが懸命だろう、とアルルはノエルとシュヴェートに話しかけようと口を開く。  ●  ────フランとセイアは町の中で、それも中央付近で派手な立ち回りをする。敵を引きつけ、ブランシュ達が動きやすいように。  複数のブラッディロードが現れ、フランとセイアに襲いかかってくる。セイアは槍を手に、フランは建物の上からセイアを援護しながら敵を迎え撃つ。  …………まだ、魔力はある……!  人民の命もだが、町の中の建造物も保護しながら戦わなければいけない。ブラッディロードの支配から解かれた町で建造物や重要な生活用施設が破壊されていれば復興まで多くの時間を費やすことになる。  それはフランの意地のようなものもあった。これ以上、この町に哀しみを増やしたくないという強い気持ちがフランにはあった。  防御魔法の応用によって建物を保護しながら、それは常に魔力を削っている状態だ。  フランは額から汗を流しながら、正確な射撃でセイアを援護する。 「…………フラン…………」  襲いかかってくるブラッディロードを三人相手にしつつ、セイアはフランの身を案じる。どれだけの魔力を持っていても、防御魔法を発動しながら弓での援護はフランの精神を確実に疲弊させる。一刻も早く、ブラッディロードを叩きフランに休息を、とセイアは槍の柄を握り締める。  ブラッディロード達は各々が得意な武器を自身の血と魔力を混ぜて作り出し、セイアに攻撃してくるのだ。セイアは槍を振るい、薙ぎ払う。弾かれ、威力で武器の刃が折れようとも構わずにブラッディロード達は何度も武器を作り出してはセイアに向かってくる。セイアは槍で一人目の攻撃を受け止めた後、二人目が握っている剣の刃を蹴りで破壊。三人目の斧の武器はフランの弓矢が三連続と射抜いて壊した。  武器を壊された二人のブラッディロードは後退り、またも武器を作り出す。 「…………セイア、はあ……、…………っ」  建造物の屋上から弓の射撃でセイアを援護しているフランは冷たい床に膝をつく。防御魔法の維持をしながら、魔力で作り出した弓矢でセイアの援護。どうにか立とうと、脚に力を入れるが連戦が響いている。  フランの脚が震えを起こし始める。  自分の脚に力が入らず、フランは焦りを感じて集中力が一瞬途絶えた。  その隙を逃さない敵が表に出て来ていたのだ。フランは反応が遅れる。 「────っ!!」  防御魔法による障壁を発動させる前に、敵の攻撃がフランの肩を射抜く。フランの視界に自分の血が映りだし、体勢を立て直す時間も与えられず、フランの身体は強い衝撃を受けた。  声を上げられず、フランは衝撃で吹き飛ばされる。高い建造物の窓を割り、叩きつけられるようにフランは床に転がった。 「フランっ!!」  離れた場所で敵と戦うセイアはたった数秒の出来事に目を開き、相棒の名前を呼ぶ。  フランを攻撃したのは赤いドレスを纏った美少女。緩やかなウェーブのかかった長い金色の髪、血のような赤い瞳の冷たい眼差しをした可憐な容姿を持つブラッディロードだ。腰から先が尖っている翼を生やし、可憐なブラッディロードは空中に浮いている。 「精度の高い射撃能力、巧みな魔法使い……見事ですわ」  ブラッディロードは冷たい声音でフランを認めたような発言をした。そして、セイアへ視線を移す。 「────さて、次は貴女ですわ」  空中に浮く、赤いドレスの可憐なブラッディロードは氷のような冷たい表情をし、告げる。  槍の柄を握り締め、セイアは身構える。周囲の敵を倒し、フランを助ける。何を優先すべきなのか、セイアは過去から覚悟が出来ているのだ。  ────敵の命を奪ってでも、フランを守る。  セイアの眼差しが鋭いものへと変わり、恐ろしく冷たいものとなった。それまで落ち着いていたセイアの纏う空気が明らかな殺意へと変化した。セイアの殺気を感じとり、周囲のブラッディロードは気圧され後退る。赤いドレスを纏う女性だけはその殺気を受けても表情を変えなかった。 「…………貴女がどれ程優秀な戦士であろうとも」  赤いドレスのブラッディロードは空中からセイアを見下ろし、勝利を確信しているかのような口振りで言葉を話す。  女性は自分の腕を、自分の指の爪先で傷つける。真っ赤な血が腕から流れた。血は腕の皮膚を伝い、重力に従って落ちていく。下へと吸い込まれるように落ちた血から、僅かな魔力をセイアは感じ取った。  赤いドレスのブラッディロードは微笑する。 「この数を押さえきれますか?」  地面に落ちた彼女の血の一滴が大きく膨れ上がる。魔力を持った彼女の血は人の形へと変貌していき、瞬く間に数を増やしていく。彼女が血を流した分、数は増えていくのだろう。  セイアはフランの魔力を感じながら、槍を構える。周囲には複数のブラッディロード、血によって作り出された人の形をした人形のようなものが数えきれず。セイアの戦意は失われず、その金色の目には強い光が宿っていた。 「────上等です」  セイアは足に力を入れる。  数で戦意を削がれるような精神はとっくの昔に置いてきた。セイアは地面を蹴り、駆け出す。目指すはフランのいる建物。槍を片手に駆け出したセイアへブラッディロード達と血の人形が集まってくる。  …………負ける気はありません。  セイアの速度に追いついてきた武器を持つブラッディロードの攻撃を、片手で持つ槍の柄で防ぐ。脚を止めれば、一気に数で押さえ込んで来るだろう。走りながら、ブラッディロードの攻撃を往なすセイアの姿を赤いドレスのブラッディロードは見下ろし、腕を前に突き出す。開いた彼女の掌へ力が集まり、力から赤い攻撃が連続で発射される。  細長く、先端が鋭い矢のような形をした攻撃がセイアに向かって飛んでくる。セイアは脚を動かしたまま、詠唱破棄の防御魔法で防ぐ。 「…………なるほど、魔法の心得もあるのですね」  赤いドレスのブラッディロードは関心の気持ちを抱き、呟く。  …………後方で射撃を担当していた先程の彼女が、防御魔法を使用していたのでお得意でないと思ってましたが…………。  これは楽しくなりそうだ、と彼女は喜びの感情を抱く。それは自分の勝利を信じて疑わない余裕から来るものだった。圧倒的な数に囲まれ、自分の攻撃を何時までも防げはしない。持久戦など出来ないだろう。 「…………」  こちらを見下ろし、追撃をしてくる赤いドレスのブラッディロードの自惚れの表情を視界に映したセイアは正直、腹が立った。フランに怪我を負わせたこと、一矢を報わねば気が済まない。セイアは片手に持った槍を迷うことなく投擲した。  敵も認める優秀な戦士、セイアの投擲。その速度と威力は赤いドレスのブラッディロードを目指し、真っ直ぐに飛ぶ。赤いドレスのブラッディロードはセイアの行動に虚を衝かれ、防御が遅れた。不完全なブラッディロードの防御障壁はセイアの槍に砕かれ、ブラッディロードの頬を槍の穂先が掠めた。 「…………!」  あっさりとセイアが武器を手放したことにブラッディロードは驚き、自分の頬から鋭い痛みを感じた。頬に手をあて、手を視界に入れれば僅かな血がついていた。己の血、そして自慢である美しい顔に傷をつけられたことにブラッディロードは唇が震える。今まで感じたことがない程の怒りがこみ上げて来た。 「…………私の、私の……。あの方に……! よくも……!!」  可憐な容貌を歪め、ブラッディロードは怒りの感情を剥き出しにする。  遠く離れていても彼女の怒りの言葉をしっかり拾っていたセイアは笑みを浮かべ、手に槍を握っていた。魔力による武器生成が出来るセイアにとって、武器を手放したところで問題はない。 「──ご事情は分かりませんが、見下ろされてばかりでは私も歯痒いですので」  セイアは穏やかな口調で言うと、襲いかかってきた別のブラッディロードの腹を槍の石突き部分で思いっきり突く。突かれた衝撃でブラッディロードは地面へと叩きつけられ、咳き込む。  空中に浮かぶ赤いドレスのブラッディロードは拳を握り締め、肩をわなわなと震わせる。自尊心や慕っている者への愛情、色々な感情が混じりあって怒りに繋がる。  …………あの方に愛された、私の顔を……!  強い怒りは憎しみへと変わる。そして、憎しみは確かな殺意を抱かせ、セイアへと向けられる。  冷静でいなければいけない戦場において、時に怒りや憎しみは状況を悪化させるものだ。余裕をかなぐり捨て、赤いドレスのブラッディロードはセイアへ向かって滑空する。  セイアは迎え撃つつもりでいたが────。 「はああああぁぁっ──!!」  気合いの声と共に、赤銅色のスカートがひらりとセイアの視界に映る。セイアの背後からかどこからともなく跳んで来たのはブルーシアだった。美しい青色の髪、ブルーシアの長いツインテールが揺れ動く。  ブルーシアの勢いをつけた跳躍の蹴りは赤いドレスのブラッディロードの横っ腹に入った。 「がっ────!」  赤いドレスのブラッディロードは目を大きく開き、呻きのような声を吐き出す。  空中によるブルーシアの蹴りを受けたブラッディロードはどこかの建築物に突っ込む。だが、建築物に目立った被害はなかった。  ロシェの結界魔法によって建築物は守られたのだ。  フランが突っ込んだ建物に助けに来ていたロシェは床に膝をつき、倒れていたフランを抱き起こすとすぐに結界魔法を張った。展開された結界を維持しつつ、ロシェはフランの肩を診る。フランの肩から血が流れ、腕を伝って床に落ちている。  フランは痛みと疲弊から意識を失っており、ロシェは眉を下げ心配そうな表情をした。 「…………フラン」  ロシェはフランの肩を抱いて、顔を寄せる。白い光がロシェから発され、フランとロシェを包み込む。  フランの肩の怪我をロシェの魔力が痛みを和らげ、傷口を塞いでいく。気を失っているフランを抱き締め、ロシェは治療魔法をかけ続ける。白い光がフランを癒していく。 「…………う、…………うぅ」  フランの口から小さな声が零れる。痛みが和らいだことで、フランの意識が戻って来たのだろう。  ロシェの優しい心が治療魔法にも出ているのか、癒しの光も優しく暖かなものだ。  治療が一段落したロシェは顔を上げ、フランの身体を抱えて立ち上がる。まだ力が抜けているフランだが、顔色は治療前よりも良い。  ロシェはブルーシア達と合流すべく、フランを抱えたまま駆け出す。軽やかに大きな窓の枠に足を置き、跳躍する。建物の中から外へと跳んだロシェは適当な建物の屋上に着地。  ブルーシアとセイアがたたかってくれているおかげで、ロシェがフランを抱えて動きやすい。  …………結界は大丈夫。  それにしても、とロシェはブルーシアを思って複雑な心境になってしまう。この町の付近にブルーシアの最愛の妹ノエルの気配が感じられるのだ。  …………アルルちゃんとヴェルくんと一緒……なのよね。  デリアに負けず劣らずのシスコンぶりを常に発揮しているブルーシアは妹のノエルのこととなると苛烈さに拍車がかかるのだ。見なくてもブルーシアの感情が手に取るように分かる。  ────ぜっっったいに怒ってる!  その怒りの矛先が敵に向いてくれるなら有り難いとロシェは思った。  ────こっちがこれだけ暴れていたら、アルルちゃんとノエルちゃん達も動きやすいと思うのだけれど……。  敵がどれ程の戦力も有しているのか、不明瞭な部分も多い。だが、制圧戦であればアルルやノエル達が動かずとも済むような気がする、とロシェは推測する。  …………もっと、難しい状況になっているのかしら。  状況が知りたい、とロシェはブランシュかアルルに連絡を入れるべきか迷う。今の状況で悠長に通信し、ブルーシア達が危険に陥ってはまずい。ロシェはブルーシア達の援護を優先すべきと判断し、敵の目から隠れながらフランを抱えて駆け出す。  
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