07.壊す者、助ける者

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07.壊す者、助ける者

●  ────照明がうっすらと点いているものの、全体的に暗い廊下。ブランシュは自分の指を鳴らす。魔力で形成された光属性と火属性の混合、温かい光の玉が現れてブランシュの手のひらに乗る。  ブランシュはそれを灯りにして、ミシェルとプテを連れて進む。  時折、轟音と共に建物が震えるがブランシュは外に構わずにいる。 「……ブランシュ、外の音は……戦闘中なのだな」  静かな声でミシェルがブランシュに言う。  今、外ではブランシュの仲間であるセイアとフランが敵と思われる者達と交戦している。 「ミシェルくん、外は大丈夫だ。私達は私達でやらなければいけないことがある」  ブランシュは正面を見据え、真っ直ぐに歩む。  その後ろにミシェルとプテはついて行く。  廊下はそれなりに幅が広く造られているようだ。なるべく、靴音を響かせないように歩き、先に行った住民三人を追う。  ────廊下を歩いて数分、奥には下に降りる階段があり、気配を辿ってブランシュは迷うことなく階段を降りた。  ブランシュの判断にミシェルとプテも従って階段を降りる。 「……ミシェル、みえにくくなーい?」 「ブランシュの魔法のおかげでよく見えているから、大丈夫だ」 「よかったあ~」  ブランシュの後ろ、ミシェルとプテは声を抑えて会話をする。  壁には最低限の照明が点いているようだが、コストを抑えているため照明の明かりは低く、足下は暗く不安定だ。ブランシュの魔法で照らされ、ミシェルは階段を一段ずつ降りて行ける。 「…………」  自分とプテの先頭に立っているブランシュの背中をミシェルは見つめる。  …………不思議な人だ。  ミシェルは会ってから何回もブランシュに対してそう思う。  何かしらミシェル自身のこと、気づいている部分もある筈だ。けれどもブランシュは追及してくることもなく、ミシェルを守ろうとしている。  ────俺が、この町に来た理由……。  放浪の末、町に寄り道として来たわけではない。ミシェルは思惑があり、目的があってこの町に来たのだ。  それをブランシュに明かすべきか迷っている。少なくとも、迷わせるほどにミシェルはブランシュを信頼し始めていた。 「…………」  どうするべきかミシェルは迷う心を隠しきれず、険しい表情を浮かべる。  そんなミシェルを気遣うようにプテはミシェルの背中に手を当てた。 「……ミシェルくん、プテ、この先に複数の生命反応がある」  先に階段を降りたブランシュがミシェルとプテに向かって告げる。 「…………複数」 「ぷきゅ! この町の人なの!?」  複雑そうな、どこか辛そうであるミシェルと、元気なプテ。それぞれの反応にブランシュは微笑みを浮かべた。 「まだ、確定ではないからね、プテ」 「あ、はーい!」  白くて短い手を挙手をし、プテは良い返事をする。  階段を降り終えたミシェルとそれにひっつくプテ。ブランシュは再び、先頭に立つと光の玉で辺りを照らしながら進む。  そう時間がかからずに、二人とプテは大きな部屋にたどり着く。そこにはブランシュが感じていた生命反応……、この町の住民と思われる人々がいた。  部屋の奥には背もたれ付きの椅子に座っている初老の男性がいた。その男性を警護していると思われる黒いスーツを着た男性が二人、初老の男性を挟むように立っている。 「…………こちらは町長様です」  ブランシュ達と接触して来た女性が初老の男性を紹介してくれた。 「……先ほどは大した案内も出来ず、申し訳ございません」 「いえ、お気になさらず。敵の攻撃が始まった中でしたので」 「…………」  女性はこの避難シェルターの中、ブランシュ達を町長のもとへと案内出来ず、謝罪してきたがブランシュは気にするなと答える。  敵に見つかり、攻撃が始まったことに女性の顔が陰る。 「……貴女は旅の方でしょうか」  俯き沈黙した女性の次に初老の男性がブランシュに声をかけて来た。  質問にブランシュは正直に答える。 「近くの田舎に住んでいる者です。昔、魔法を嗜んでおりまして、この町に何かお役に立てれればと思いまして……」 「────そうですか」  どうやら、ここの町の者達が盗賊崩れになりまして……とは言えず、彼らの更正の可能性を残しておこうとブランシュは黙っていることに。  けれども、町長と紹介された男性も深く聞いてこない。それだけこの生活で疲弊しているのだろうとブランシュは察する。 「……ご助力頂けることは有り難いのですが、町から去って下さい」  疲れを色濃く見せる顔で町長はブランシュ達に言う。 「……ブラッディロードに敵わぬと思ってらっしゃるのですね」 「西の大陸を守護されている姫様や闘将様にも見捨てられたのです。我々は助からぬ……」  町長は眉を寄せ、苦しそうに言葉を吐き、辛そうな表情を浮かべる。  助からない、と町長が口にするのは並大抵の思いではない。 「……思いだけは受け取らせて頂きます。町を抜ける通路へ案内させます……。ですから……」  拳を強く握りしめて、町長はブランシュに向かって頭を下げる。 「────私は、いえ……、私達は諦めません」 「…………え」  強い意志と決意を感じさせるブランシュの言葉に、町長は顔を上げた。 「敵が何であろうと、この町を助けます」 「相手はブラッディロードですよ……!?」 「────承知の上です」 「…………」  希望を持ってはいけない……。町長は拳を握り締め、何かを堪えるように唇を引き結ぶ。相手は強大な力を持ったブラッディロードだ。  並の魔法使いでは返り討ちにされてしまうだろう。  けれど、ブランシュは戦う意志を示している。  見捨てられた町のために……。 「町長殿、ブラッディロードはこの町に何を求めたのですか?」  ブランシュの問いに町長は数十秒間、沈黙した。答えるべきか否か、迷っている町長だが勇気を振り絞る。 「…………この町はただの足掛かりだと言ってました。何れは西の大陸、中央政府に食らいつくための……。若者達は連中の食糧として、連れて行かれました」 「中央政府に……。ブラッディロードは若い肉体の血液を欲している……」  町長の話を聞き、ブランシュは金色の眼を細める。  この町を救うにはブラッディロードの討伐と、連れて行かれた者達の救出が必要だ。  …………血液をそう頻繁に摂取する必要があるということはブラッディロードとしてはどこかの眷属崩れか。  純血やブラッディロードとして要素が濃く、強い肉体を持っている者は期間を空けても血液を必要としない。  ブランシュは町長に訊くことにする。 「町に来たブラッディロードは誰かの眷属だった……などという話は聞いてはおりませんか?」 「────いえ、逃げるので精一杯でして……ブラッディロードという情報のみしか……。それも奴らの自称でしたが、警護の者達が一瞬で……」 「分かりました。ありがとうございます」  当時の記憶を思い出したのか、町長は身体を震わせる。  自称、ではあるが敵がブラッディロードなのは事実だろう。感じた気配は血の匂いが混じっていた。  ブランシュは捕らわれた人達の救出が自分のすべきことと、決める。  …………フランかセイアに連絡を取らないと。  仲間達と連携を取って、自分の行動を共有しなければいけない。己の判断で動いても、上手くは行くだろうが、被害を抑えるためにも仲間の連携は必要だ。  経験上、よく分かっているブランシュは表の仲間と連絡を取らねばならない。そのためには表の敵をどうにかしなければいけない。 「…………」  ブランシュは自分の顎に手をやって、考える仕草をする。魔力感知の範囲を広げて、今の戦況を探るのも容易いのだが派手な動きは避けた方がいいだろう。  もしも、ブランシュがここで派手な動きをすれば敵側に混乱をもたらすことも可能もだが、不利に動くこともある。  よく考えて判断をしなければいけないだろう。 「ブランシュ……」  考え込むブランシュの背中を見つめて、ミシェルは小さな声でブランシュの名前を呼ぶ。  …………俺のせいだ。  町の住民達がこんなにも苦しい思いをしているのも、ブランシュが考え込んでいるのも、全ては……。  けれども、ミシェルだけではどうにもできない。この事態を円満に解決することは出来ないのだ。 「……ミシェルくん、大丈夫だ。私が何とかする」 「……ブランシュ、……すまない」  ミシェルの思いを感じ取ったのか、ブランシュは振り返らずにミシェルに言葉をかけた。受け取ったミシェルは顔を俯かせ、ブランシュの背中に小さく謝罪する。  謝罪したところでブランシュへの負担は変わらない。  力強く頼もしい言葉をブランシュはミシェルに言ってくれる。ミシェルはまだ、何一つとしてまともにブランシュに明かしていないというのに。  ブランシュは正面を向き、町長に視線をやっている。 「町長殿、連れて行かれた方々の居場所は掴めてはいませんか……?」  …………無理だろう、とはブランシュも思っている。ブラッディロードに対抗出来ない現状で人質の居場所など、把握は難しいであろう。  ブランシュの推測通り、町長は首を横に振った。 「…………申し訳ありません。我々では全くと言っていいほどに、若者達の居場所は分からないのです」 「そうですか。可能性があるようなポイントは無さそうですか?」 「…………可能性」 「はい、監禁しやすい場所などあれば……。闇雲に当たるよりは良いかと思いまして」 「………」 「どれくらいの若者が連れて行かれたのですか?」 「数百人かと」 「なら、大きな建物か何ヶ所かに分けていると推測できますね」  ブランシュの言葉を受けて、町長は傍に控えている警護の男性達を呼び寄せ、何やら話をし始める。  町に来たばかりのブランシュには町の建物の配置や、どういう建物があるのか把握出来ていない。そういうのは住民の方が詳しいだろう。 「……ブランシュ……」  ミシェルが不安そうな声で名前を呼んでくる。 「…………ミシェルくん、私達は捕えられている人達を救いに行く。危険だと思うが、どうする? ここに残っても大丈夫だと思うがね」  ここは避難シェルター。町長もいるのだ。町では一番厳重だろうし、フラン達が守ってくれる筈だ。  このままブランシュに着いてくれば、戦闘に巻き込まれるであろうことは深く考えずとも予想がつく。  選択肢をブランシュから提示されたミシェルは首を横に振り、すぐに答えを出した。 「────ブランシュと一緒に行く」  ミシェルの答えにブランシュは金色の瞳を細める。それがどういう感情から来ているのかブランシュ本人もよく分かってはいなかったが、自分と共に来るというミシェルの意志を尊重しようと思った。  この先にどういう戦いがあるか……。厳しいものである可能性は否めない。  ブランシュは守りながらの戦闘になることを予想し、いざとなれば剣を抜く覚悟を決める。  …………私の力は、そのために。  隊長が見せてくれた背中を追ってここまで来ていた。誰かを守れる、あの人のように。 「あの、病院など大きな収容施設のポイントをマップに付けました」 「ありがとうございます。マップデータをお借りしても?」 「はい、送らせて頂きます」  ブランシュと町長はマップデータをやり取りする。  メッセージアドレスを互いに交換し、マップデータを町長から送ってもらったブランシュは目を通す。 「プテ、お借りしたデータを君にも渡すから、案内よろしくね」 「は────い」  プテは片手を挙げて、元気の良い返事をした。ブランシュのサポートもプテの仕事の一つだ。  …………時間の猶予はそうないか。  人質もいる、表では仲間が戦っている。今の状況を長引かせれば、こちらが不利になりかねない。 「ミシェルくん、すぐに発つことになるが良いかい?」 「…………ああ、大丈夫だ」  すぐに出発することをミシェルに確認すれば、ミシェルは頷く。 「町長、私達はすぐにここを出ます。この避難シェルターには手を出させないように最善を尽くします」 「…………すみません」  ブランシュの力強い言葉に町長は顔を下に向けて謝罪を口にする。  その町長の表情や周囲の人達も頭を下げているのを見て、ブランシュは微笑む。 「町を取り戻せたら、謝罪ではなく未来に向かって笑いましょう」  犠牲も、流れた血もあっただろう。けれども、時は流れて未来は近づいてくる。  遠い昔、悲しい戦いの中でブランシュが学んだのは未来へ進むための勇気だった。  すぐに向き合うのはきっと出来ない。時間がかかるだろう。  …………隊長が俺に託してくれたもの。  長い銀色の髪、皆を守っていた隊長の姿を思い出しながら、ブランシュは踵を返して前に進む。  ●  防衛魔法で町の建物を守りながら、セイアの補佐をするフランの背後に新手のブラッディロードが現れ、ブラッディロードは手にしていた剣を勢いよく振るう。  魔法発動に集中していたフランはそっちに気を取られ、背後を取られてしまった。 「…………っ!」  フランはまずい、と思った。防御魔法が間に合わない、避けきれない。 「フラン!!」  フランの危機に気がついたセイアは声を上げ、手に握っていた槍の柄を強く握り締めると槍をフランと敵の間を狙って投げた。  空を切る音と共に槍は真っ直ぐに目標に向かって飛ぶと、狙い通りにブラッディロードの剣の刀身に当たり、衝撃でフランを狙ったブラッディロードは剣が手から抜ける。 「なっ────!」  ブラッディロードは驚愕の表情を浮かべるも、その隙をフランに突かれる。  フランは拳をブラッディロードの腹に叩き込んだ。 「────がっ!!」  短い声を上げ、ブラッディロードは驚きの感情が抜けないまま、フランによって吹っ飛ばされる。  途中、体勢を立て直せず、身体をくの字に曲げたブラッディロードはどこかの建物のオフィスに突っ込んだようだ。 「あ────! やっちゃった!」  窓ガラスが割れた音と何かが壊れたと思われる大きな音がしたのを聞いて、フランはやってしまったと嘆いた。  防衛魔法が間に合わず、建物に損害が起きてしまったのだ。  けれど、すぐに気を取り直したフランはセイアのサポートをするべく弓を構える。  セイアは一人でブラッディロード二人を相手にしていた。槍の柄を手にしたセイアは二人のブラッディロードに挟み撃ちにされていた。  互いの動きと気配を探り合い、緊張状態にある。  セイアは槍を構え、ブラッディロードの気配を探る。前方には剣を構えたブラッディロード、後ろには短剣二本をそれぞれの手に構えたブラッディロード。  動けば、それが始まりだ。  …………セイア。  高所から弓を構えているフランはセイアの出方を待つ。セイアの動きを補佐するのがフランの役目だ。  矢を構え、弦を引き絞る。いつでも射てるように。 「…………」  無言のまま、セイアは鋭い眼差しで戦況を見る。  フランの援護を組んだ動きをするならば……。  槍を持つ手、強く握り締めセイアは眼を大きく開く。駆け出しは一瞬。  瞬きも許さない速度でセイアは動いた。  槍の柄の先で剣を持つブラッディロードの喉を突く。すぐに背後の短剣持ちを対処すべく、柄の部分を中心に横薙ぎして脇腹を殴った。  喉を突かれたブラッディロードは体勢を崩したが、すぐに立て直して剣をセイアに向ける。  だが、そこにフランの援護射撃が叩き込まれて二名のブラッディロードは気絶した。 「…………第一波、状況クリアといったところでしょうか」  槍を手にセイアは一息吐く。  高所にいるフランは敵の警戒を怠らず、セイアに音声のみの通信を耳飾りを通して入れた。 「フラン、大丈夫ですか?」 「うん、ありがとう、セイア。助かったよ」 「気にしないで下さい。フランを守るのは私の務めでございますので」 「私だって、戦えるんだからね」 「はい、頼りにしております」  二人は和やかに会話をし、警戒を継続する。  近くにブランシュが逃げ込んだ場所があるのだ。住民のような人達が逃げ込んだ先でもあるので重要な場所なのだろう。  フラン達はブランシュの話があるまで離れることは出来ない。 「ブランシュ……、何か聞けたかな」  建物の屋上で弓を持ったまま、フランは呟く。  風が吹き、フランの髪を揺らす。どことなく悲しい風だと感じた。  …………。  フランは金色の両目を伏せる。 「フラン、少しでも休息を」  優しいセイアの声が耳飾りを通して聞こえてくる。それがいつもフランを支えてくれる。 「……うん、大丈夫。魔力は残っているよ」  フランは穏やかに微笑み、答える。  魔力は充分、残っている。これぐらいの戦いでは尽きない。 「魔力だけではありません。肉体の疲労も私は心配です」 「大丈夫! 昔ほどではないけど、今でも身体は鍛えているもの!」 「…………つまり、疲れやすくなっているということです」 「あ、あははは……」  セイアに指摘され、フランは半笑いで誤魔化す。  ──遠い昔、フランとセイアは戦いに日々明け暮れていた時があった。  返り血に濡れて、誰かの命を奪って────。  そんな過去もあり、普通に暮らしている人に比べたら荒事は慣れている。ブラッディロードの相手も、他の種族との戦いも。  フランは出来れば無血で敵とも相対したいが、それは難しいことなのだ。  …………敵は私達を本気で排除しようとしてきた。  ここから敵にも無血を訴えても、通じないことが多い。二度、三度と誰かの命を奪った者は他者の命を軽んじる。  ブランシュが敵の掃討を選ぶのか、敵を町から追い出すだけに留めるのか……。  …………いつも、私達はブランシュと隊長に責任と選択の結果を押し付けているわね。  また、悲しい風が吹いてフランの髪を揺らす。  自分達が戦い、戦い抜いたその結果をブランシュと隊長の二人に重く背負わせてしまった。 「…………」  フランの悲しみの感情を耳飾りの通信機を通し、セイアは感じ取った。 「フラン、我々は壊す者ではなく助けられる者であれ……、と隊長のお言葉を忘れてはいませんよね」 「…………わ、忘れてないわ! 隊長のお言葉、隊長の思いは……! 私は副官であったのだもの。……よく知っているわ」 「なら、良いのです」  セイアの凛とした揺るがない意志の声と言葉に背中を押されるように、フランは気を取り直す。 『…………フラン、未来へ進め。俺達は多くの命を奪った罪人だが、未来に多くのものを残せるように。誰かを助けられるように……、未来へと』  思い出す。厳しく低い声だが、言葉の奥深くにある優しさ。隊長が情深い人物だったことを、フランはよく知っている。 「未来へ……か」  フランは両目を閉じる。 『フラン、セイア、聞こえているかい?』  ブランシュの声が耳飾りを通し、フランとセイアに届く。 「ブランシュ……!」  フランは嬉しそうな声色でブランシュの名前を呼ぶ。
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