234人が本棚に入れています
本棚に追加
/171ページ
最も幸福なウラノス
アナスタシア宮の緑の間に、漆黒の正装に身を包んだシリウスの姿があった。書類の山に慌ただしく目を通し、忙しなく部屋を訪れる高官たちに早口で指示を出す。
深緑の高官服に身を包むことから「常緑官」と呼ばれるようになったこの高級官吏は、常時は文官であるが有事の際には帝国軍に加わり戦う、ガイア貴族出身の文武両道才色兼備の女性たちにより構成される。
開け放たれた窓の外には、生い茂る緑の木々と思い思いに咲き乱れる花々。軽やかな小鳥の囀りが春風とともに流れ込む。
あの夜の天地の繋ぎ以来、長いあいだ帝国を苦しめていた永遠の冬の時代は終わりを告げた。大地母神ガイアの唯一の直系であるシリウスは、ガイアに生まれた男子としては初のガイア正帝の座に就いた。
あの日、正帝であった頃の記憶を取り戻したかと思われたアナスタシアは、ふたたび以前と同じ状態に戻ってしまった。それでもシリウスと再会したときには、涙を流して喜んだ――「私の可愛いお星様」と頭や頬を撫で、まるで赤子をあやすような扱いではあったが。
現在はヴェガとともに皇宮の敷地内の屋敷で、穏やかな隠居生活を送っている。
リゲルは病状が進み、すでに自力では飛ぶことのできない状態であった。だがウラノスの仲間たちがその身体を抱えて地上へと降り、父親であるヴェガと引き合わせた。
リゲルはすべての事情をヴェガの口から聞かされ、父の懺悔を受け容れた。そして仲間達の勇気と友情に深く感謝した。
残された時間を父と過ごすためそのまま地上に残ることを選んだリゲルは、それからひと月も経たずに夜空の星となった。
正統ガイア帝国の雪解けの原因は、シリウスが新正帝に即位した影響だとこの国の誰もが思っている。一方、当のシリウスは、アナスタシアの偽者が亡くなったせいだと考えているらしい。それで納得しているのならと、アスタリオンのことは伏せたままにしておこうとスピカは決めた。
前正帝が偽者であったことは、国民の混乱を招く恐れがある為、皇宮の一部の者のみが知る機密事項となった。
最初のコメントを投稿しよう!