最も幸福なウラノス

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 何はともあれ国外へ避難していた者たちや出稼ぎに出ていた者たちはこれを機にこぞって帝国に復帰しはじめ、徐々に古き良き時代を思わせる活気が戻りつつある。  シリウスが正帝に就き、早三年以上が経っていた。正帝という大仕事にもだいぶ慣れたとは言え、目まぐるしい日々に変わりはない。 「おい、シリウス。そろそろ出発しないと到着が日暮れになるぞ」  苛立つような呼び声に、シリウスは書類の山から顔を上げた。緑の間の入り口に、長い銀の髪を持つ美しい青年がしかめ面をして立っている。  夜空の星々を散りばめたような純白のコートを羽織ったその姿は、女神と見紛うほど清らかで神々しい。コートの裾には、もうすぐ三歳を迎える利発そうな美少女がしがみついていた。さらに片腕で、先月満一歳を迎えた女児を抱っこしている  彼らの姿を目にした常緑官たちは、皆一様に顔を綻ばせた。 「これはこれは、殿。本日も大変お美しいことで」 「殿のご麗容を拝謁しますと溜まった疲れも吹き飛びますわ」 「ほら皆さん、ご機嫌斜めでも麗しい殿をお待たせしてはいけませんのでそろそろ失礼いたしましょう」  彼女たちの大げさな賛辞を聞いて、スピカの目尻が吊り上がる。 「誰が妃殿下だよっ! その呼び方やめろって何度も言ってんだろ!」  スピカの罵声に、シリウスをはじめとする全員が声を殺して笑っている。怒らせるのを承知の上で、わざと言っているのだ。  これまでガイア正帝は正式な夫を定めなかった。だがシリウスはスピカひとりを正室として定めたため、この国では妃殿下という存在自体が珍しい。それゆえ皆、口に出して呼んでみたくてたまらないのだ。
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