最も幸福なウラノス

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 シリウスは席を立ち、アナスタシアを肩の上に担ぎ上げた。その高さに喜んだアナスタシアがきゃらきゃらと声を上げてはしゃぐ。 「アナスタシア、しばらく留守にするが、寂しくはないか?」 「だいじょぶでしゅ、パパ。おじいちゃまとおばあちゃまとみんなとあしょんでるね。アナしゅタシアはシッカリものでオリコウでしゅ」  この歳でワガママひとつ言わないとは、自分たちの手を離れるのも時間の問題だとシリウスは苦笑する。あるいはもうすでに離れているのか。  常緑官たちと入れ替わりに、乳母が緑の間にやって来た。スピカとシリウスは次女の顔に次々にキスを落とし、乳母に受け渡した。 「よろしく頼むね。アナスタシアの方は何の問題ないと思うけど」 「はもんだいでしゅ」  生意気な口をきく娘に、スピカはべーっと舌を出す。  生まれた子どもに何と呼ばせるかという話になったとき、「パパ」という名称は立場上シリウスに譲った。だが何としても「ママ」とは呼ばせたくない。  それゆえスピカは名前のまま「スピカ」と呼ばせようとしたのだが――どうやら幼児には発音が難しすぎたらしい。結局スピカの「ピ」だけが残り、いつの間にか「ピッピ」という呼び方が定着してしまった。  プリプリと怒るスピカに引きずられるようにシリウスは緑の間を後にし、皇宮前に待たせてあった黒塗りの馬車に飛び乗った。後部にはすでに十日分の荷物が詰め込まれている。  今日からしばらくのあいだ、帝国南部の視察に出ることになっている。というのは実は建前であり、出産と育児で休む暇もなかったスピカの希望で、久々にふたりでのんびりするために十日間の休暇を取ったのだ。南部の美しい田園地帯に、ガイア皇族の別荘がある。  この期間だけは仕事熱心なシリウスに仕事をさせないのが、スピカの密かな目的だった。  ようやく馬車が皇都を出発し、スピカは隣に座ったシリウスにじいっと恨めしい視線を送った。
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