いつもの朝のはずだった

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「また、会えたね。」 女子…中学生だろうか?高校生じゃないよな。ボクの方を見上げて、そんなカワイイ笑顔で言ってくれるのか。でも、知り合いじゃないよな。ボクはまともに返事をするどころか、一声もあげることはできずにいた。彼女は腕時計を見た。 「もう行かなくちゃ。部活に遅れちゃう。またね。」 慌ただしく行ってしまう彼女を見送るボク。通りの角を彼女が曲がったところでやっと右手をふることができた。 そのとき、ボクの左上の辺りから「ニャア」という声が聞こえた。 なんだ、ネコがいたのか。彼女はやっぱり、ボクなんかじゃなくって、そこにいたらしいネコに話しかけていたんだな。 まだ、朝、六時を過ぎたところか。少し肌寒い。えっと、今日は四月…、なん日でもいいか。もうずっと…日にちなんて関係ない。部屋に籠もるようになってから…、三年くらいは経つんだっけか。なんにもしてないようだけど、時間は早く過ぎてくんだよなぁ、それなりに。で、少なくとも三日に一度はこうやって外には出てるんだ。歩いて行ける距離…にしてはかなり長く歩くんだよな。ま、することもないし。土手沿いに歩いてると、結構歩けるし。川は見てても、波の音聞いても落ち着くし。朝五時くらいだと人にはあんまり会わなくて済むし。万が一誰かに出くわしたところで朝っぱらから話しかけられはしないしな。警察官とはもう顔見知りになっちゃって、別になんにも疑われることもなくなった。 「また、会えたんだね。」 目の前で急に停まった黒塗りの車の窓が自動的に開かれ、後部座席に座っている偉そうなおじさんがボクの方を見もせずに言った。ボクは右を向いて、左を向いて、後方も見てみた。 「君だよ、君。」 「え?」 ボクは思わず声を出してしまった。 「とぼけることはないじゃないか。こんな朝っぱらに、君以外に誰も見当たらんだろう。」 朝っぱらからビシッとした身なりでネクタイもきちんと締めてて、襟にまできちんとアイロンがかけられたシャツに羽織ってるジャケットだってビシッとしてるけど、初対面の人間に随分偉そうな口をききやがる。大方どっかのお偉いさんで、上からな物の言い方しかできないんだろうとは思うんだけどさ、こんなときはどうやって言い返せばいいんだ? 「いい加減にしてくれたまえよ。わざわざこっちから声をかけてやってるって言うのに、そんなふざけた態度で!偶然を装ってしっつこく会いにきても、祐実との結婚は認めんからな。」 「あ、えーと…。」 「分かったらさっさとどいてくれ!」 「え?」 運転席から出て来たおじさんは、後部座席のおじさんに比べるとやんわりした印象でうやうやしい態度ではあったけれど、両手でもって、ボクに向かってどうぞこちらへと指図した。ボクはしょうがないからおじさんが示す位置に立った。おじさんはボクをみると右手をかざし、ボクに停止するようまた指図した。腹立たしくは感じたけれど、おじさんが運転席に戻って、その黒光りする車がボクの目の前を過ぎ去っていくのを見送った。 車が過ぎて行った直後、ボクはなんだか黒い影が通りを横切るのを見た。あれ?もしかしてネコかな?鳴き声は聞こえないけれど、あ、さっきもネコいたんだっけ?この辺、野良猫はそんなにみかけないんだけどな。それにしてもなんなんだ、一体!いまのは!知りもしない人からなんであんなに横柄な態度を取られるんだ!とは思ったけれど、また言い返すことはできなかった。それにしても、祐実さんは大丈夫だろうか?あのおじさんに結婚を反対されてるんだろうな。 ボクのせいでさらに誤解されて結婚できなくなったりしないだろうか?そんな不安がよぎったけれど、ま、ボクが祐実さんに出会うことはないだろうし、出会ったところで…なぁ、そんな…、万が一にも結婚できなくなったからって、ボクのせいにされたりするはずがないよ。うん。ないよ。そんなこと、絶対にないよ! 「あら、また会えたわね。」 またかよ?なんなんだよ今日は。後ろっから声が聞こえてきたって、絶対に振り向かないぞ。ボクはさっさとその場を立ち去ろうとした。 「ちょっと、ほらッ!」 なんだよちょっとって。どうせボクの名前すら知らないくせに! 「きゃあッ!」 え?いや、いや。聞こえない。なんにも聞こえない。振り向かない。ボクは行く…。 って思ったんだけどさぁ、ボクの目の前にはリードがついた犬がいた。ボクは否応もなくリードをつかみ、後ろを振り向いた。そこには女性が転んでいた。 ボクは慌てて彼女へ駆け寄った。彼女は膝を擦りむいていた。 「大丈夫ですか?」 「ううん。」 「あ、えーと…、救急車、呼びましょうか?」 こんなボクだけど、前に警察官に職務質問を受けてからスマホは持ち歩くことにしてた。 「冗談よ。」 彼女はさっそうと立ち上がった。きっとモデルって、こういう人なんだろうなっていうくらい背が高くってスラリとした細身の美しい女性だった。 「ちょっと膝擦りむいただけだから。」 「あ、そうですか。」 ボクは自然と彼女に犬のリードを渡した。 「行こう、ジョン。」 ボクがジョンかと思った。違う違う。彼女はジョンと行ってしまった。角を曲がるところでボクの方に振り向いて手を振った。 「またね!」 ボクは会釈をした。彼女は行ってしまった。 またね? またね?ってことはさぁ、前にもどっかで会ったってことだよなぁ。会ってないよなぁ、あんなキレイな人。会ってたら忘れないよなぁ。 ボクはボーっと歩き続けた。 家の近くのコンビニに着いた。本当はコンビニに入るのはとっても億劫なんだ。でも、母親はボクが少しでも誰かと対面してるってことを知ると安心するみたいなんだ。父親にどんなに嫌味を言われてもお小遣いをくれてて、ボクがコンビニでなにか買って帰ると喜ぶんだ。だから家に着く直前にコンビニの前を通りかかったときにはなにかを買って、下駄箱の上に置くようにしてるんだ。今日はチョコレートでいいかな。 「ああ、また会えたね。」 はあ?店員が客にいうことじゃないよな。 なんなんだ、このおにいさん。いつもの店員さんじゃないなぁ。っつっても、コンビニの店員はよく代わる。朝晩は、まぁ、みんな嫌がるんだろう、そんなには変わらない。でも、ときどき代わる。続かないんだろう、朝早くって。きついもの。でも、だからって、お客様に対して失礼じゃないか。ボクはお金だけ払ってさっさと立ち去ろうとした。 「袋はどうする?」 ボクは答えず首を横に数回振った。お釣りを受け取って、チョコレートをポケットに入れた。 「またな!」 えーとさ、またな!って、お客様に言うことじゃないだろう?もうッ!て思うんだけど、言い返しはしないんだけどさ。 「お、また会えたじゃんか!」 もう!なんなんだよ、今日は! 新聞配達の若者がスクーターに乗ったままボクに話しかけて来た。土手の近くの団地の配達を終えたんだろう。最近は新聞取ってる人少ないとはいえ、まだいるしな。この辺の住宅街でも何軒かは取り続けてるの知ってるよ。だけど、初対面のボクに馴れ馴れしく、しかもスクーターに乗ったまま話しかけたりしたら危ないじゃんか。あ、さっきの女性みたいに気づいたら転んでたなんでイヤだからちゃんと止めてあげよう。そう思ってボクが振り向いたところ、彼はちゃんと両足を地に付けてスクーターを止めていた。ボクが振り返ったのを認めてヘルメットを取った。スクーターを道路の脇に止めた。 「良かったよ、また会えて。」 彼は胸にネコを抱え、頬ずりをしていた。 ボクはなんだかバツの悪い想いをして、その場から走り去った。家の近くの角を曲がると救急車が停まっていた。まさか、母さんになにかあったんじゃないよな!ボクは速度をあげた。 玄関を開けると救急隊員の人が階段から担架を抱えて降りてくるところだった。母さんは階下でおろおろしていた。…じゃぁ、父親?いや、父親はいま母さんの肩を背後から抱いてる。 じゃ、誰なんだ?担架に乗せられて運ばれてくるのは…。 ボクじゃないか!
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