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菫玲 1
高速を走るコンパクトカーの車内で、歯と左手、時々ハンドルを握る右手を使いながら菫玲は器用にお握りのラップを外していく。営業に出て四年、コンビニのお握りとサンドイッチは目で見なくても十秒程で剥けるようになった。ただし、お握りの場合、海苔はかなりの確率で端が破ける。剥いたラップのゴミを腹の上のビニル袋に突っ込み、唇に海苔が付かないよう歯を立てて勢い良く齧り付く。チラリとバックミラーを確認して、左車線に移動し、ややスピードを落とした。
助手席に座る石島が口を開けて寝ている。
先ほどまでの噂話を思い出してまた胸がムカつきそうになるのを抑え、お握りを頬張った。7つ年上の先輩社員である石島は、長距離同行の際には必ずこうして堂々と寝る。決まって昔の自慢話や社内の噂話、明るいうちからシモの話などを好き勝手話してから、子どものようにコテンと寝る。しかも、話の合間に菫玲の運転について『車間距離が近い』だの『ハンドルがブレ過ぎて怖い』だのと決まって文句を付けながら。
「熟睡してんじゃねーっつの」
小さく口の中で呟くと少しスッキリする。今日は客先で夕方スタートの会議に出席する為、石島と共に一泊しなければならず、気が重たい。会議の後は宴会があり、客の手前良い後輩を演じれば、酒の勢いで調子に乗った石島との身体的な距離が近くなる危険があった。ただでさえ、ビール一杯からやたらとスキンシップが多くなるタイプなのだ。
新卒で入った商社は一部上場の大手で、女性の活躍に注力していると採用担当者が豪語していた割に、入社してから女性の営業は男性社員の一割にも満たないと知った。しかも部署が細かく分かれており、部署毎に見れば営業職は若い女が一人か二人しかいない。研修後配属された部署でも、さらに細分化された九人編成の現在の島で、女は菫玲一人である。課長を除く八人は、二十七歳の菫玲、リーダーで三十五歳の石島と四十歳になっても平社員の合田、三年目の新谷と金石、新卒の影山、中途採用で入った他チームと兼任している三十四歳の宇多川、メーカーから出向してきている五十五歳の谷で構成されている。
課長と石島は馬が合うようで、リーダーという職務以上に様々な情報を持っており、石島が次期課長であることは明白だった。
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