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「おはようA子! って、ねぇねぇ。朝から悪いんだけどさ、宿題写させて、お願い」
「なによー、もうB美ったら。朝の挨拶とノート借用のお願いが一緒だなんて、そんな厚かましい友人、あんたぐらいしかいないんだからね」
教室の前列の席では、朝の挨拶もそこそこに友人のノートを借り受けようとするB美と、文句を言いながらもイヤな顔もせずに自分のノートを貸し出すA子が、クラスの喧騒のなか親しみのこもった会話のキャッチボールを行っていた。
「えへへ、こんなのを『腐れ縁』ていうのかしら? きっと前世でもアンタとわたしって仲良しだったんじゃないかしらね」
「まあ、そうよ……、実はそうなの。わたし達って長屋のお隣さん同士だったんだよ。それで毎日一緒に遊んでたんだものね」
ノートを差し出した彼女の頭の中には、何百年か前、江戸の町の長屋の井戸の水くみ場のそばで、二人仲良く遊んでいた時の風景が、彼女がこのあいだ見た夢の記憶として鮮明に思い出されていた。
* * *
彼女がこの不思議な能力に気が付いたのは最近のことだった。
学校校内を歩いてふとすれっ違ったり、偶然知り合いになったクラスメートが、彼女の夢の中に出て来る。しかも、その夢の中では、彼らや彼女らは、時代や世界が違うけれども、すでに彼女の知り合いだった。
袖すり合うも他生の縁、という言葉があるように、これは彼女に縁のある人達が『彼女と、いつ、どこの世界で知り合ったのか?』の記憶を夢として思い出させる能力だった。
例えば、クラブ活動でいつも練習に付き合ってくれる気の合う友達は、千年以上昔に、ここではない世界で兄妹だったり、他部族から嫁いできて右も左もわからない自分の世話をしてくれた先輩嫁だったり、という内容だった。
そんな時に、ふと気になったのが隣のクラスの学年一モテると噂されるC男だった。ある日、偶然廊下で彼とぶつかってから、彼女は彼のことを少しだけ意識し始めていた。
そんなある晩、彼女の夢に彼の前世が現れた。
彼の前世は江戸時代の有名な呉服問屋の若旦那だった。そんな彼は彼女の前世と恋に落ちて駆け落ちしようと約束していた。しかし約束の日、待ち合わせの場所に何時までたっても彼は現れなかった。それで、駆け落ちの約束をすっぽかされたと思った彼女の前世は、失意のうちに川へ身を投げた。
そんな嫌な記憶を夢で見て、彼女は汗びっしょりになって目を覚ました。
そうか、わたしの能力はこのために現れたんだ。ここで会ったが百年目。自分の前世の恨みをはらすために、一度彼を問いただしてやらなきゃね。
そう思った彼女は、先ずは彼と付き合おうと思って、ダメ元で彼に告白した。しかし前世の縁とは不思議なもので、とんとん拍子に交際が進んで行ったのだ。
* * *
そしていざ決行の日。彼女は学校帰りに公園の奥の人気のない場所に行きたいと彼を誘い出した。その場所で、彼女は彼にこう呟いた。
好きな人達はみんなお互いに『生まれ変わってもまた一緒になりたい』みたいな話しをするのよね。
すると、突然彼が不思議そうな顔をしながら自分の夢のことを話し始めた。
俺、最近変な夢を見ちゃったんだ。
その夢の中では俺はA子と駆け落ちしようとしたけど、番頭にバレて蔵に監禁されて、そのあと上方の親戚の家に飛ばされて、生涯江戸に戻る事は許されなかった、そんな夢なんだ。
だからさ、何の因果か知らないけど、今のA子と付き合って『また会えたね』なんて言えるなんて、なんて不思議な巡り合わせなんだろうと思ったんだ。いや、四百年ぶりだけどね。
彼の話を聞いて、彼女は彼の視線を遮るように両手で自分の顔を覆った。
そうだったのね、そういうことだったのね……。
──でもね、あの時代、駆け落ちをすっぽかされた相手の女性がどうするか、当然わかるよね。君はそれを知ったうえで江戸を離れたんでしょ?
わたし、その時の彼女の気持ちが痛いほどわかっちゃったんだよ。だって四百年前のわたし自身だものね。
彼女はそう言いながら、通学カバンの中から切れ味の良さそうな出刃包丁を取り出して、ニコリとほほ笑んだ。
(了)
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