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6
「もう、びっくりしたあ!」
有羽は、呆然としているカールを尻目にぽかんと気が抜けたような声で言う。
有羽の細腰から下は、びっしょりと海水で濡れていた。
有羽よりも前で歩いていたカートスが、彼女の声に驚愕して足を止めて振り返る。
「有羽!?」
カートスは、有羽の惨状に血相を変えて砂と海水を蹴散らし、大慌てて駆けてきた。
「まったく。有羽は危なっかしいな」
我に返ったカールは、やれやれと嘆息をついている。
尻餅をついて動かない有羽の細腕を掴んだカールは、彼女を引っ張り上げた。
「カール、ありがとう」
「……」
カールは、濡れた手と吹き付ける風の冷たさに眉尻を上げた。
「カール?」
「有羽、カートス、そろそろ屋敷に戻ろう」
カールは、そう言って有羽の膝裏に自分の野太い腕を滑らせて軽々と抱き上げる。
有羽は、相変わらず甘い香りを全身から匂わせ、まるで鳥の羽のように軽い。
「カ、カール、私、歩けるわよ!」
「濡れていると、歩きにくいだろうが。有羽、大人しくしていろ」
有羽は、カールの言葉に小さく嘆息を吐くと、強靭な胸板にピタリと身を寄せてきた。
「ありがとう。カールって、つれないところあるけど凄く優しいよね」
「……」
少女らしくない、大人びた言動。
カールは、むず痒いばかりの居心地の悪さを覚えていた。
押し黙ったカールは、自分の感情のまま思いっきり唇を押し曲げる。
「それは、有羽だけだって。弟の僕なんて放ってばかりだしね!」
カートスは、口を挟むと口先を尖らしている。
「カートス、僕自身いろいろ忙しいからそれは仕方ないことだろうが」
「そうだね。兄さんは僕と違って誰からも期待されているから忙しいわけで」
カートスは、震える声音で言う。
言葉を切ると、悔しげに唇を引き締めてしまった。
「ねえ、カートス。私に嫉妬しているの? それともカールに?」
カールが何か言いかける前に、有羽が茶化すように口を挟んできた。
「嫉妬なんかしていない! 自分の無力さに腹立っているだけ。有羽、同じ年のくせに僕を年下のようにからかうのはやめろよ!」
カートスは、烈火如く怒り出して有羽を睨みつけている。
カールは、思春期の少年らしく最近特に感情の起伏が激しいカートスは、大人びた有羽と比べてあまりにも子供っぽく呆れ顔になっていた。
「カートス、気に障ったならごめんね。だってカートスって拗ねて本当に可愛くて」
「は?」
「カートス、無力だなんてそんなことないよ。カートスがいるからこそ、カールは安心して病み上がりの私を任せられるのよ」
「そ、そんなことないよ。兄さんは僕の相手しないですむって安心しているだけだよ」
有羽の言葉に反論するカートスの表情から、寂しさが滲み出す。
カールは、日々が忙しすぎて自分の弟なのに放っておきすぎたと、内心反省していた。
「バカなことを言っているのね、カートスって。カールの表情見たらどう?」
有羽は、人の感情に敏感らしくカールの苦虫を噛み締めたような顔に気づいていて微苦笑を刻んで言う。
カートスは、目を丸くしてカールを見つめていたが、すぐさまそっぽを向いてしまう。
「兄さんは、僕が子供すぎて、呆れているだけだよ。両親だって、祖父だってそうだ。優秀じゃない僕には誰も何も期待なんかしていない」
俯いたカートスは、どうやらわかっていないようで瞳を曇らせている。
「本当、バカなことばかり言っている。カートスは、カールより五歳は下でしょう? 適度な差があるのは当然じゃないの?」
「有羽こそ何もわかっていない! 兄さんは稀にみる天才肌で、十三歳には大学院新の話だってあった。 祖父だって僕には修行をしてくれない。両親は、祖父にカールを渡したくないから必死でなのが手に取るようにわかる。きっと僕ならば、喜んで祖父ににすぐさま渡すだろうね」
心の底にあるカートスの憤りが噴出し、泣きそうに瞳を揺らしている。
「カールのが自分の息子だからこそ、そばにいて欲しいだろうし手放したくないだけ。カートスのことだって、きっとそうよ」
「そんなことない!」
「ねえ、カートス。親心くらいわかったらどう? 私、カールがどういう修行をしているのかわからないけど、必然的じゃないければ誰であってもすべきことじゃないはず。それにカートスはカートスで、卑下しないでもっと前を向いたらどう?」
「だから、有羽はなにもわかっていない! 期待されない僕なんて……」
カートスは、咎める有羽の言葉の意に気がついていたとしても、自分自身に衝き上がる感情を抑制出来ずにいた。
それを感じているカールは、全身を震わせるカートスの歯痒い想いをどうにか宥めようと、懸命に適切な言葉を探していた。
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