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7
カールが何か言う前に、有羽はが呆れたように嘆息をついて口を開いた。
「本当、カートスってむきになりすぎる。それにね、何もわかっていないのはあなたのほうよ。平和で安全な幸せは誰にでもあるものじゃないのに」
「平和で安全?」
カートスは、意味深な有羽の言葉を繰り返して涙を堪えるくしゃくしゃな顔を上げた。
カールは、有羽の憂いある言葉の響きに眉尻を上げる。
「そうよ。カートス、両親や兄弟、友達と一緒にいられる時間、お願いだから大切にして。どう望んでも叶わない人だっているの」
「叶わない人?」
カートスは、有羽の切たる言葉を小さく繰り返している。
「カートスは、大切な人と過ごせて、衣食住に困ることないでしょう? 怪我なく安全に毎日を暮らせているでしょう? 学校へ普通にちゃんと行けて仲のいい友達がいて、楽しく笑いあえるでしょう? それが当たり前であっても、とても大切なことなのよ」
「大切なこと?」
「そうよ。普通のことだけど、どうあれ幸せと感じられるはずよ。だからちゃんと前を向き、カートスはカートスらしく、先のために自分が出来ることを考えてみてはどう?」
有羽は、声を震わせて必死になって言い募っている。
「自分にも出来ること?」
「カールという、天才肌の高すぎる目標だけど、カートスはそれに近くあるだけで幸せなのよ。負けないようにがむしゃらに、日々を精進しようと気にもなれる。違う?」
「そうだけど……」
「大切な人に、自分を認められたい感情があれば、誰だって強くなれる。カールもだけど、カートスだって、きっといい男になれるわよ」
有羽、ふふっと楽しげに笑う。
自分の弟と同じ年齢の幼い有羽の言葉の意に、実年齢とは似合わない過酷な現実を抱えていること。
カールは、改めて手に取るようにわかった。
何も言わずに押し黙っているカールは、憂いがあって魅力的な有羽は、風のようだと感じた。
風は、柔らかく穏やかに大海原を包み込む。
だが、時には大嵐を起こして人々を惑わせる。
しっかりと刻んでいたはずの船の舵すら、風は一瞬のうちに狂わせることが多々あった。
刻々と変化する風紋を砂浜に描くように、風は微妙であり先が憂いでいて見えない。
カールは、少女にしては大人びている有羽が多種多様な風にそっくりに感じられた。
有羽の言動一つ一つ、彼自身ひどく戸惑っている。
自分の両腕に抱える小さな身体を感慨深げに見つめ、カールは鬱々と考えていた。
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