第二章〜平和と安全?(カートス)

9/10
前へ
/126ページ
次へ
9 どこか、遠くへ。 もっと隠れられる場所へ。 でも、一人にはなりたくない。 カールやカートスは、自分を引き止めてくれているけど。 でもやはりここにいてはいけない? 今後を畏怖する自分へ鬱々と問いかける有羽の耳に、かすかな足音がきこえてきた。 「有羽、眠れないのかい?」 カートスだった。 隣室のウッドデッキの弊から降り立ったカートスが、有羽のもとへ駆けてくる。 二階建ての別荘の、一階にある有羽の部屋、その真上はカール、右側は広々としたリビングで、左側がカートスの部屋だった。 「カートスも、寝ていなかったの?」 「本が面白すぎたせいかなあ。どうしても眠れなくてね」 有羽の隣に座ったカートスは、彼女と同じように楽しげに足をぶらつかせる。 「明日、二人揃って寝不足ね」 有羽は、クスクス笑って言う。 「そうだね。有羽、今日はありがとう」 カートスは、有羽の顔を覗き込んで言う。 「私、何もしていないわよ。結局、濡れた浴衣は、二人の乳母のダニエラさんに洗って貰ったしね」 有羽は、残念そうに言う。 有羽としては手伝いたかった。 ずぶ濡れだったのでダニエラに熱が上がってしまうと騒がれしまい、結局出来なかった。 「僕たちの世話は、ダニエラに任せたらいいよ。その方が喜ぶ」 カートスは、有羽に話を逸らされて複雑な表情になったがうんうんと頷いて言う。 「それは悪いわ。ダニエラさんはカールとカートスのお世話をしたいだけだもの。浴衣を海水でずぶ濡れにしたのは私で、彼女には悪いことしたわ」 「有羽、そんな些細なこと、気にしないでゆっくり休むことだけ考えたらいいよ」 カートスは、労わるように見つめてくる。 カートスらしくない遠慮がちな視線に、有羽はもどかしかった。 やけにムキになってしまった昼間の自分らしくない言動、彼女自身後悔している。 「……そうね。同じ年のカートスとは特に、楽しく遊んでいたいもの。そう、わずかな時間であってもね。ねえ、カートス。近い未来、私と離れ離れになってしまっても、カールに頼まれなくても、私とはずっと友達でいてくれる?」 有羽は、気になっていたのでカートスの顔をじっと見つめて問うた。 「有羽もバカなことを言う。ずっと友達なのは、当たり前のことだろう?」 「そう? カールが忙しいから、カートスは仕方なしに私の相手してくれているのかなと思って。可愛いからついついからかう私のこと、カートスって嫌そうだしね。それは私の性分だし、仕方ないの。ごめんね」 有羽は、自分のいたずら好きな性格を自覚していたので、すななさそうに言った。 「……だから有羽、男に可愛いなんて言うな!」 カートスは、一瞬でも言葉を詰まらせたが烈火如く言い返してきた。 「だって、本当のことで」 「違う! 兄さんもそうだけど、有羽は僕を子供扱いしすぎているよ!」 「カートスって、いいわね。じゃれあえる自分の兄と出来るだけ近くにいられるから」 「……有羽にも、兄弟がいるの?」 普段のカートスは、カールに言われたのか、有羽が話すことを拒絶している複雑な事情は何一つきいてこない。 カールは、忙しいのか、食事の時間くらいで、有羽とカートスとは遊んでくれない。 カートスはカートスで、部屋の中でもトランプゲームしたり、外出ても貝殻を一緒に拾ったりと、有羽と普通に遊ぶことに専念している。 今回の昼間は特別だった。 いつもはとても気楽なものである。 「いるよ。双子の兄が」 有羽は、チクリと胸奥が痛んだが、隠すことのものじゃないと、正直に言う。 「双子? それじゃあ、有羽そっくり?」 「うん。そっくり。カートスみたいに、からかい甲斐がある」 「うわあ。彼、きっと大変だろうなあ」 カートスは、しみじみ言う。 有羽は、からかいすぎたかもと、少し反省した。 「確かに、大変かもね。有斗っていうの。会いたいな」 有羽は、兄を思い出して懐かしげに笑い、信じられないほど長い睫毛を伏せた。 有羽の目元は、次第に火照っていく。 有羽の瞼裏には、有斗以外にも、彼女自身大切ないろんな顔が、ぐるぐると過ぎり出した。 有羽は、必死になって涙を堪える。 「有羽?」 カートスは、有羽が細かく震えだしたことを察知したのか。 不安そうに、声をかけてきた。 「眠たくなってきたかも」 有羽は、溢れた涙を抑えきれず誤魔化すように小さく欠伸し、ごしごしと目元を擦り合わせた。 「有羽は、自分の兄に会いたいの?」 「まあね」 「頼れるカール兄さんならば、きっと有羽の力になってくれるよ」 カートスは、自信ありげに言う。 有羽は、小さく首を横に振った。 「カートス、私はね、誰にも自分の事情を話すつもりはないわ。私にとって、カートスもカールも大切なの。二人にはありふれた日常を大切にし、幸せでいて。ね?」 有羽は、自分の中で灯る確かな願いを込め、カートスに切々と告げた。 「有羽、兄さんは僕と違って天才肌で、、八月に十七歳になるけど、現在大学院に通い、、父の会社も手伝っている。祖父にも見込まれ、不可思議な修行だってしているってきいているよ。だから今後のこと、兄さんに頼りなよ」 カートスは、有羽の願いをきいているのか、きいていないのか、もどかしそうに言ってきた。
/126ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加