第三章〜廃れた倉庫(アスナー)

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2 意識を取り戻した有羽の瞼は、重かった。 必死にこじ開けようとしても、きこえてくるすすり泣き声は、有羽を押さえつけてくる。 まるで有羽の頭蓋骨の中で、何かがぶんぶんといっているようだった。 怒りと悲しみ、狂乱状態の心情。 それは復讐という名の穢れた邪念を絡みつかせ、とても不快そのものだった。 有羽の心臓は、どくどくと早鐘を打っている。 有羽は、同調しないように逃れようと身じろぐが、両手両足が思うように動かない。 有羽は、もし動けたのであれば、自分の頭に爪を立てて、頭蓋骨から響くような悲痛な声を掘り出そうと、無駄な努力をしたかもしれない。 凄惨な嘆き悲しむ声音、有羽がこのまま気圧され、自分自身が狂乱状態へ陥ってしまうのではないかと危惧していたその時。 『有羽!』 不意に、有羽の脳裏に過るもの。 それは、カールとカートスの呼び声だった。 有羽が長い睫毛を押し上げると、視界が広がった。 瞳を瞬かせる有羽を襲っていた悲痛な声音は、僅かながらきこえてはいる。 確実に薄らいではいて、有羽は浅く息を吐く。 有羽は、自分へ冷静になれと呪文のように繰り返す。 有羽の心を強くさせたのは、彼女の瞳に映ったカートスの背中だった。 自分の現実に、カートスを巻き込んでしまった? 有羽は、深い自責の念に囚われた。 今の状況を把握することがまずは先決と、有羽は我に返る。 有羽は、まずは自分に怪我がないか確かめるためてカートスの背中から視線を逸らす。 外気の冷気を防ぐための大きなビロードのカーテンがカートスと一緒に、有羽の胸元まで被さっていた。 毛深い絨毯の上に両手両足を縛られ、横向きに寝かされている自分自身を見下ろす。 刹那、有羽は自分の身体の変化に瞠目した。 今日が誕生日であるが、十二歳で幼いはずの自分の姿とは明らかに違っていた。 ひとまわり膨らんだ胸元といい、まる美を帯びた女性らしさが目立っている。 有羽が知っている大人の女性とは違っていたが、それなりに成長していること。 どういうことなのだろうか? 有羽は、小首を傾げているが理解出来ない。 まずは、自分がやるべきことからと、どうにか考えを切り返した。 猿轡はないが、両手両足を拘束されている以上、うまく動けなかった。
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