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3
有羽は、まだ目覚めないカートスの背中に気遣いながら距離を取ってゆっくりと身じろぎ、視界が広がる反対側へ身体を移動させた。
拘束されているわりには、有羽が思っているよりも手足に痛みが感じられない。
毛深い真っ黒な絨毯が隙間なく敷き詰められているが、その上には何もなく広いだけだった。
天井は鉄筋が剥き出しで、あちらこちら錆びていて洒落た様子は一切ない。
真っ暗ではないのは、ずっと先に見える赤錆びた出入り口の脇の今にも壊れそうな同じく赤錆びた燭台が一つ、灯っているから。
有羽が周囲を観察していると、ちょうど反対側、右側にある唯一の出入り口、二つのうちの一つの扉が、軋むような耳障りな音を立てて開いた。
視線を向けた有羽の目に映ったのは、 艶のある黒くて大きな革靴だった。
男の人なのかと、有羽は視線を上げる。
性別が判別つかないほど中性的で、神々しい美貌の持ち主だった。
美しすぎる藍海松色の髪に、左目元に黒子がある、鷹の目のような典雅で伽羅色の瞳。
まるで芸術家があらゆる美しい部分を細心の注意を払って配置したような、流麗で見事な造形だった。
中性的な顔立ちを裏切るような剛勇無双な身体に、藍色の装束を身に纏っていて、典雅な瞳の色彩と同じく伽羅の香りが漂う。
それは圧倒されるほどのもので、人とはありえない神々しい気品を漂わせていた。
「……誰? あなたは一体何者? 男なの? 女なの?」
有羽は、冷厳とした物腰で自分のもとへやってきた美貌の持ち主に、思わず自分の中で渦巻いている素朴な疑問を投げかけた。
「俺は男だよ」
彼は、有羽の問いかけに眉を跳ね上げたが、彼女に合わせて流暢な日本語で応じてくれた。
「そう。そんな気はしたわ」
ポツリと言う有羽は、誘拐犯と感じるのに、不思議と嫌悪はなかった。
彼の小波のような麗華な声音は、有羽にとって心地よい。
「冷静だね。俺はもっと慌てるのかと思っていたのに」
「慌てても仕方ないもの。今はだるくて動きたくないし、無駄な抵抗は体力を消費するだけだしね。ねえ、なぜ誘拐したの? 私に何か用があるってこと?」
詰問する有羽は、自分のすぐ近くまで来た彼から誘拐犯としての暴力的な翳りが見当たらないことに多少なり安堵していた。
「俺は、隣の少年の兄に用がある。君ではないよ」
「カールに?」
「確か、そんな名前だったかな。しばらくの間、我慢して欲しい。君には悪いことをしたと思ってはいる。無事に儀式が済んだらもとの年齢にも戻してあげるし、好きな場所にも連れて行ってあげるよ」
彼は、申し訳なさそうに有羽を見つめて言う。
その声音は、高邁そのもので心に響き、有羽は違和感を覚えていた。
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