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5
有羽は、ぶつからないように反転して目と口が大きく開いているカートスを確認した。
「カートス、有羽よ。怪我はない?」
「ゆ、有羽って……」
「俺は、誰かに怪我を負わせたつもりはないが?」
カートスを労わる有羽に、彼は眉を跳ね上げ口を挟んできた。
「ゆ、有羽じゃないし、それに知らない男の人もいる。一体、これはどういうことだよ! 何が起こっているわけ!?」
カートスは、理解出来ない状況に動転しているらしく、声を荒げている。
「少年、隣の娘は魔術のせいで、成長してしまっただけだよ。どうやら少年よりも隣の娘のほうが、落ち着いているようだね」
彼は、カートスの仰天ぶりに呆れ、吐き捨てるように言ってくる。
「それは仕方ないことよ。カートスはね、私と違って普通に生活してきたみたいだし」
有羽は、彼のに言い草に、カートスが何か言う前に、慌てて口を挟んだ。
「普通の生活?」
「そうよ。私には味わえない普通の学生生活。ねえ、私は有羽って名前なの。有名の有に、羽毛の羽ね。あなたの名前、教えてくれる?」
有羽は、憂いを帯びた表情を滲ませたが、すぐに気持ちを切り替えて問う。
彼女自身、自分の直感を信じることに決めていた。
目の前の彼が誠実で、話が出来る人物であること。
有羽は、彼へ捻っている首が無理な体勢で痛いことに気づき、再度カートスにぶつからないように慎重に反転した。
「俺の名前? この地上界では、自分の真名を極力控えることはしないのかい? それともそれは呼び名かい?」
「真名……私自身、有羽って名前しか知らないわ」
「そうか。ならば気をつけるがいい。名前というのは、心身すべて縛る枷になりやすい」
「そうなの。忠告してくれてありがとう。今後、気をつけなきゃね。それじゃあ、あなたの名前、教えて貰えそうにもないわね」
有羽は、彼の忠告に感謝はしていたが残念そうに瞳を曇らせていた。
「真名ではないが、アスナーと呼ぶがいい。なぜ俺の名前をきく? 意図でもあるってことなのかい?」
アスナーは、執拗な有羽の質問に怪訝そうに問うてくる。
「アスナー、名前を教えてくれてありがとう。意図なんかないわ。私はね、ただあなたの名前をきいてみたかっただけ。ねえ、アスナー、カールにはどういう用事があるの?」
有羽は、アスナーが名乗ってくれて嬉しそうに笑うが、すぐさま慎重な声音で問うた。
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