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6
「やっぱり、兄さんが関係しているみたいだね。そうだね、いつも何もなく非力な僕が目当てじゃない」
有羽とアスナーの会話を唖然としてきいていたカートスだが、我に返ったのか毒づいてきた。
「ねえ、カートス。あなたには咽び泣く声はきこえる?」
有羽は、小さく息を吐き、アスナーから背後にいるカートスへ視線を向ける。
「声? 何のこと?」
「ならば、非力な方が充分に幸せよ。自分の胸奥を切り裂かれるような苦しみを味わうこともないから、普通でいられる」
「普通?」
「そうよ。生と死の狭間ではない、咽び泣く声がきこえないこと。それに家族と暮らせる安穏とした暮らしもそうでしょう? カートスにはそれがあるだけでいいじゃない。今の状況を踏まえて環境が健全であることって、何よりも幸せな証拠よ」
有羽は、羨ましそうに声を震わせて言う。
「きこえなくてもいいようなものが、この耳にきこえるのは苦痛であること、確かだよね。だが忌々しいことに、俺自身耳を塞ぎ放っておくことが出来なかった……」
有羽は、アスナーの苦汁に満ちた声音にを耳にし、彼へ視線を向ける。
「だから、アスナーはここで儀式を行うの?」
有羽は、アスナーの言葉を思い起こしながら問う。
「そうだよ。この場は果ての塔の血族のものが、以前我が血族を捕縛し研究していた跡地。器が消滅しても、精魂は嘆きの声と一緒にいまだに彷徨い続けている。きこえてくるのは、人魚姫の嘆きの声だよ」
「人魚姫……。アスナーって人形姫なの?」
有羽は、ゴクリと生唾を呑み込んだが、一呼吸置いて一番疑問に感じたことをまず問うことにした。
「娘よ。俺が男だと先ほど言ったはずだよ。この状況で俺をからかっているのかい?」
「か、からかっていないわ。アスナーって凄く綺麗だもの。それにね、男か女かわからないくらい綺麗すぎる人って、私自身何人か知っていて……。だからついついそう考えただけなの」
有羽は、アスナーの苛立ちを感じて慌てて言い返した。
「俺が人魚姫の血族なのは確かだし、剛勇無双でも中性的な顔立ちとよく言われるから、仕方ないのかな」
「アスナーって、優しいのね。人魚姫の浄化のために穢れあるこの場所へ来てくれたってことね」
「俺が優しいだと?」
「ええ」
有羽は、嬉しそうに可憐な笑みを広げた。
「有羽、優しくなんかないよ。彼は、僕たちをここへ誘拐した男だって! 人魚姫なんて胡散臭いし」
有羽とアスナーの会話に、カートスが不機嫌そうに口を挟んできた。
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