幼少期の卵

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 彼も初めてのようだった。緊張していたのだろう。家に入ってから彼は急に慌てた声で言った。 「あの! ちょっと待ってて。買い忘れたものが」  私にはその意味が分かった。 「要らないよ」 「え」 「大丈夫。まだそういう日ではないから」  彼のほうがきょとんとしている。私は大きく笑ってみせた。 「大丈夫だって。安心して」  私は彼をだましたことになる。だから、最後まで相手が誰かは言わなかったよ。両親に責められても頑として言わなかったよ。そして、堕ろせなくなるまで隠し通したよ。  私には、あの行為は苦痛でしかなかった。でも、彼には感謝している。  私は罪の意識から逃れたかっただけ。たった一個でも、人間の芽を捨てずに生かしてあげたかっただけ。  両親は世間の目を気にして私を遠くのおばあちゃんのところに送った。当然、高校も中退した。  転校するよりは中退がよかった。  赤ちゃんを抱きながら、海辺の道を歩く。沈む夕陽に私は笑顔を向けられるようになっていた。  たくさんの人間の芽の一つでも救い出せたら、こんなに幸せになれるんだと噛みしめながら。  よかったね、私の赤ちゃん。 (了)
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