兎と奸物

4/14

17人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
瞠目した凱歌の視線の先は、すぐ先の一点に注がれている。杞梓は周囲を見渡してみた。兵たちは相変らず楽しげに火を囲んでいる。 杞梓は、深々と数度頷いた。 「また飲みすぎたんですか……。いくら百戦百勝と言っても、戦場で幻覚が見えるほど飲酒するのは正気じゃないと思うんです。軍規に禁酒を加えたほうが――」 「大蛇だ! そこにある戦車の(ながえ)(=車の先端についた、馬や牛を牽引するための二本の棒)ほどはある!」 「へえ?」杞梓は、感慨深い気分で、整然と並んだ戦車を眺めた。その轅は人の腕より太い。「それで?」 「しかも紫の服を着ていて、頭が二つある! 人の顔だ!」 「一体どれだけ飲んだんですか?」 「こっちを見て口をもごもごさせている!」 「そりゃ危ない。毒でも吐くんじゃないですか、その幻覚」 「おのれ蛇め! 我が営中に単身で斬り込むその胆力やよし! その勇気に応え、我も最新流行の、超貴重なこの鉄製剣で迎えよう! 聞いて驚くな、長剣とは将軍しか使うことが許さぬ、選ばれし激アツ武器なのだあァァ!」 剣閃は、銀の軌跡となりすぐ消えた。凱歌が息を呑むのがわかった。 「幻覚じゃない、」 「……もし怪異なら剣は通りません。古典によれば、そういう輩は音が嫌いなんです。大きな、雷鳴みたいな音が」 「わかった杞梓、まずは背中から離れてくれ!」 「女ひとり守れないんですか将軍のくせに」 「む! 我は最強だ! すなおに怖いと言えない杞梓ひとり、背負って戦うなど易いことだ!」
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加