兎と奸物

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兎と奸物

勝利を重ねる将軍・凱歌(がいか)の軍中では、(ほうび)が歩兵にまで行き渡った。 連夜の祝宴では肉と(さけ)が有り余って、征戦の途上でありながら、兵も馬も、ことごとく肥えてしまうほどだった。 「本日の戦いで得た、捕虜千名をいかがいたしますか?」 杞梓(きし)は、草原のように灯る仮設の(かまど)の火をたよりに、やっと探し当てた凱歌に訊ねた。 宴席での剣舞を中断した凱歌は、醪で上気した晴れやかな顔で即答してきた。 「むろん(あなうめ)だ」 将軍位を表す鶡冠(かつかん)は褐色で、兎の耳に似る。それが、激しい余興の余韻で、凱歌の頭上で、あまり賢くなさそうに跳ねている。 成程、と杞梓は省察した。凱歌の頭蓋の中の花園は、きょうも満開らしい。 遠い親戚というだけで、幼少から凱歌とは何かと行動を共にしてきたが、予想を超えていた。 まさかこの兎耳女が、これほど武才に恵まれているとは。これほど戦争の後始末が拙劣(ヘタクソ)だとは。 「何故、戦場を離れると判断力がクソになるのですか凱歌は?」 「ええっ、(わたし)は名門の出なのに! クソなんて、父親(おとうさま)にも言われたことがないのに!」 凱歌は黒目がちな目を開き、動揺もあらわに兎耳を揺らす。 それでいて、鎧甲(よろい)を脱げば、筒袖の長襦も、それを留める皮の腰帯(ベルト)も、(ズボン)までもが敵の血で、幕舎にいる誰より赤黒いのだから、人の適所というのはわからない。 わからないが、戦後処理が凱歌の適所でないことは明白だ。なのにこの兎耳は、杞梓に向かって駄弁を重ねてくる。
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