兎と奸物

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「一人にしてください」 報せを受け、ひと月ぶりに九重に入った杞梓は、女官にそう命じた。 ――当然の帰結だ。 杞梓の頭の、冴えた部分はそう告げていた。 平時において、凱歌は王たりえない。 「クソ兎、あんた、飲めば飲むほど強くなるんじゃなかったんですか?」 体に残った酒気のせいか、横死した凱歌の頬は、皮肉なほどに赤く可憐だった。 王たる重責と酒毒に病んだあの卑屈な顔じゃない。戦場を駆けていた時のよう。初めて王座に座った時のよう。 凱歌の血染めの王衣を揺さぶった。 凱歌は衣服には魂の一部が宿ると信じていた。ならば刺激を与えさえすれば瞼が開くのではないかと思った。 「凱歌! 起きてください!」 理解していた。 凱歌は目覚めない。一度散じた魂は二度と戻らない。 「何のためにあんたと吾は、簒奪者の汚名を着たんですか! 何のために吾は、無辜の先王に毒を薦めたんですか!」 目を覆うような背徳も、蛮行も、成果を上げさえすれば英雄だ。逆に、失敗して一代で潰れば、ただの賊。 王を僭称した賊。分不相応な願いで身を滅ぼした。それが凱歌に与えられる、後世の評。 そんなことがあってはならない。否、そんなことがあるはずがない。 (なぜなら凱歌は、――) 総身が粟立つ感覚で、杞梓は我に返った。
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