兎と奸物

11/14

17人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
この世のものではないものに見られている感覚。だが初めてではない。これはかつて感じたことがある―― そう気づいた時。眼前に、紫衣をまとった、人の双頭を持つ大蛇が現れていた。 「ようやく、また会えた」 右の頭と左の頭。双頭から同時に放たれる人ならざる韻律の、おぞましさたるや。 だが、凱歌の屍を前にした杞梓は、何もかもがどうでもいい気分だった。 「失せろ」 双頭の大蛇は顔を歪ませた。満面の喜色に。 「返事をしたね? 私が見えると、とうとう認めたね? もう、五年前の戦場でのように、見えないふりは通用しない。汝が一人になる機会を、吾はこの五年、ずっと待っていた。ね。吾が何者か、汝はとうに把握していよう?」 もちろんだ。知らない者は、古典を読まない凱歌くらいだ。 杞梓は諦念とともに、その名を呼んだ。 「延維(えんい)」   ――王になる者の前に現れる神。 「然り。五年前、私は汝にこそ会いに来た。そこの屍にではない。それなのに汝は、あの時私を、存在せぬかのように扱った。私が現れてやれば、ありがたがってもてなさぬ者はなかったのに。よもやこの私を謀り、利用する者がいようとは。全く、神をも恐れぬ奸物だよ汝は」 「凱歌は王になりたがっていました。だから叶えた。見ましたか? 王衣をまとい、南面して座した凱歌の麗姿を。意を得て無邪気に歓ぶさまを。吾はあれが見たかった」 「いまいましい話だけれど、私の姿を見たものは王となる。そういう取り決めなんだ。それゆえ、一度はこの屍も王にしてやったよ。たとえそれが、姿、偽りのものであろうとね。しかし、わかったろう、偽物は長く王であることができない」 「凱歌は偽王ではない」 「杞梓よ、汝はどこまでも罪深い。ならば、汝が持てるものを用い、偽を真と証立てしてみてはいかがだろうね?」 遠くで雷が鳴り、蛇神は霧散した。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加