17人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
王衣に袖を通す。
凱歌の血で染まった衣はごわついていた。
新しいものを用意すると女官らに懇願されたが、杞梓は断った。
帯の端を帯鉤に結わえ、十二旒の冕冠を頭に戴きながら、心中で呼びかけた。
――凱歌。確かに、醪が欲しくなりますね。
今なら理解できる。玉座はひどく寒い。
一日でも長く王であって欲しくて、凱歌には要求ばかりした。それが最善だと信じていた。
あれは凱歌を置き去りにしたのと同じことだ。こんなにも冷たくて音のないところに。感情豊かで寂しがりの、あの兎を。
玉座は孤独。
けれど、吾は情のある兎じゃない。決して失敗しない。脳裏には、あの双頭の蛇神の姿が浮かんでいた。
あの神は――延維は、二つの頭で一つの存在だった。
――あの神のように。
杞梓は、そう念じた。
凱歌が圧倒的な武によって草創した国を、杞梓が文によって守成する。
杞梓の祭祀は、凱歌を王家の祖霊として神格化する。誰も凱歌を汚せないように。
凱歌の戦績は、冥冥から杞梓と国を護る。誰も杞梓の治世を冒せないように。
わたしたちは延維になる。双頭の王に。
神を謀ってなお、いずれも一人では王たることができなかった、わたしたちは。
罰として幽明に分かたれて、この社稷を同に護っていく。
頬を伝い落ちる滴が、血染めの王衣の上に弾ける。そのひとときだけ、懐かしい兎耳の女の魂が、杞梓の肩を抱くような気がした。
了
最初のコメントを投稿しよう!