兎と奸物

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王衣に袖を通す。 凱歌の血で染まった衣はごわついていた。 新しいものを用意すると女官らに懇願されたが、杞梓は断った。 帯の端を帯鉤(おびどめ)に結わえ、十二旒の冕冠を頭に戴きながら、心中で呼びかけた。 ――凱歌。確かに、醪が欲しくなりますね。 今なら理解できる。玉座(ここ)はひどく寒い。 一日でも長く王であって欲しくて、凱歌には要求ばかりした。それが最善だと信じていた。 あれは凱歌を置き去りにしたのと同じことだ。こんなにも冷たくて音のないところに。感情豊かで寂しがりの、あの兎を。 玉座(ここ)は孤独。 けれど、吾は情のある兎じゃない。決して失敗しない。脳裏には、あの双頭の蛇神の姿が浮かんでいた。 あの神は――延維(えんい)は、二つの頭で一つの存在だった。 ――あの神のように。 杞梓は、そう念じた。 凱歌が圧倒的な武によって草創した国を、杞梓が文によって守成する。 杞梓(おう)の祭祀は、凱歌を王家の祖霊として神格化する。誰も凱歌を汚せないように。 凱歌(おう)の戦績は、冥冥から杞梓と国を護る。誰も杞梓の治世を冒せないように。 わたしたちは延維になる。双頭の王に。 神を謀ってなお、いずれも一人では王たることができなかった、わたしたちは。 罰として幽明に分かたれて、この社稷(くに)(とも)に護っていく。 頬を伝い落ちる滴が、血染めの王衣の上に弾ける。そのひとときだけ、懐かしい兎耳の女の魂が、杞梓の肩を抱くような気がした。 了
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