兎と奸物

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敵を前にすると凱歌は冴える。 (くびき)を軽々と持ち上げ、戦車の轅と馬を最小の動作で接続する。凱歌に応え、馬が地を蹴った。 馬に引かれた車輪が激しく軋んで、人が聞いても耳ざわりな騒音を立てる―― そこまでが、凱歌にかかれば、ひとつの卓越した演舞だった。 「ハーッハッハッハーッ! 人面大蛇、懼るるに足らず!」 幕舎をいくつか壊したあと、凱歌は高らかに勝利の哄笑を上げた。 杞梓は、ようよう凱歌の背中から離れながら、そっけなく言った。 「ああ、退散したんですか、幻覚とやら」 「いきなり離れるなんて、漏らしちゃったのか、杞梓? 案ずるな、敵は敗走した。どうだ、我は醪が入っていても強いのだ。むしろ、飲めば飲むほど強く――」 凱歌はそこでいったん沈黙してから、戦車から降り、怪訝そうに尋ねてきた。 「漏らしてねえよ、首取られちまえよクソ兎、って言いながら、我の足を踏んでくれないのか、杞梓?」 いえ、と杞梓は曖昧に首を振った。 「それより約束してください。これからは吾を、絶対に一人にしないと」 「性悪な杞梓にも可愛いところがあ――キャッ! ものすごくいい笑顔で踏むのやめてぇ! 性格悪すぎ!」 杞梓は、無邪気に悲鳴を上げる凱歌の足を、いつもより念入りに踏んであげた。 もう二度とそんな機会もないだろうから。
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