兎と奸物

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戦乱の世に平和をもたらしてくれた覇王。 安らぎと豊かさを保証してくれる英雄。 百姓(たみ)から百官までが、新しい君主たる凱歌を口々に称賛した。 けれど、季節が一つ変わるごとに、一度巡るごとに、宮中では、別の声が大きくなっていった。 昏君。 愚かな君主だと、前の国の方がよかったと、官吏は凱歌を謗りはじめた。 杞梓が止めても、凱歌は戦場で兄弟姉妹のように過ごした将たちを、宮廷でも同じように重用した。平和を取り戻した社会では、重んぜられるのは、武より文であったのに。 かつての武功を盾に既得権を主張する戦場上がりの武人たちは、国が文治に移行するなかで、粗野な上に活躍の場もない尸禄(=給料泥棒)として、徐々に疎んじられた。 それは凱歌も同じだった。凱歌はもとより直情的だ。情に任せて喜怒し、喜べば賞を与え、怒れば罰を与える王が、感情よりも論理を優先する文官たちの尊崇を得られるはずもなかった。 凱歌は、戦乱の中でこそ頭角を現す者だった。 目に見える敵を破り、国を草創する才はあったが、宮中の見えざる悪意の前では、嬰児にも等しかった。 やがて凱歌は、杞梓に上奏の簡牘を押し付けるようになった。朝議に出ることもなくなり、みずからは九重(しろ)の奥深くに籠って、醪に溺れた。
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