兎と奸物

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大王(へいか)、このところの驕逸は目に余ります。なにとぞ目をお開きになり……」 杞梓は、宮女に賄賂を渡してしばしば後宮に足を踏み入れ、白昼から酩酊する凱歌を諌めた。 しかし凱歌は酒毒のまわった赤い眼で、杞梓をねめつける。 「驕逸? 杞梓こそ、(そばめ)を何人も蓄え、一人でおらぬ時がないと聞くぞ」 「ゴホン、(わたくし)めのことはよいのです」 「それに誰も彼も、大王、大王とよそよそしい。以前のように皆、凱歌と呼んでくれればいいのだ。杞梓よ、なぜ我を敬して遠ざける。我らは戦友ではないか」 「貴女は既に王です。君臣の別はつけねばなりません。臣めのことをそのように(あざな)で呼ぶのも今後はおやめください。示しがつきませぬ」 凱歌の酒気の濃い嘆息には、苛立ちが透けていた。 「……戦場は良かった。武功を上げさえすれば皆が従った。兵の心は、訊ねるまでもなく理解できた」 「今も陛下の威光に服せぬ者はおりません」 「百官が我のことを何と言っているか知っているぞ。昏君だ。天意のない昏君が玉座にあるから、(ながあめ)が続き、病が流行り、(こくもつ)が実らないのだと」 「天意など迷妄の骨頂です。王の賢愚と天候には何の因果関係もございません。荒天の年は、古典を(ひもと)き、同様の事態が起きても寿命を全うした王の施策を試して行きます。 すでに解法はそこに見えているのですから、我が国の事情を踏まえた数字を入れるだけです。算術は計算を過たなければ確実に正答へ達する。過ちの入る余地がない。 既に荒天対策の成果は出始めております。陛下が憂う必要はございません。強いて申し上げれば、百姓(たみ)に示しがつきませんので、後宮での奢侈を控えていただければと――」
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