門倉研二の矜持

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門倉研二の矜持

 俺は最後の試験まで残ることができてほっとしていた。ここまで残ることができたのは奇跡だと思っている。  俺と共に残った人に挨拶をした。 「初めまして、門倉です」 「俺は中山だ。君は一次選考から目立っていたね。二次選考では抜群の演技力だった。君は役者経験者かな?」 「恥ずかしながらエキストラしかやったことないです。二次選考は演技ではなかったのですが、ありがとうございます。お互い悔いが残らないように頑張りましょう」  監督が大きな口を広げて愉快そうに俺達に声をかけた。 「それでは最終選考、始めようか」  最終選考では、ふられたヒロインが怒って、主役の男性をナイフで刺し殺すという展開だった。そしてヒロインは血のついたナイフを持ちながら笑みを浮かべて終わるというサイコスリラードラマだった。  路地裏でヒロインが主役に向かって話した。 「私と本当に別れるつもりなの?」 「何度も言わせないでくれ。君とはもう終わりなんだ」  そしてヒロインが鞄からサバイバルナイフを取り出すと、主役が怯えた演技をする。ナイフは美術製作が用意したナイフのはずだ。  ヒロインがナイフを空高く天に掲げた。その場にいる全員がそのナイフを見ることができた。俺はそのナイフを見て背中に寒気が走る。それは本物のナイフだった。  ヒロインの目が殺意に満ちていた。ヒロインは主役を本当に殺すつもりだ。俺は今までのオーディションで虫の息だったが急いで主役の前に走り出す。 「やめろーーー!」 「どきなさい!」  監督が声を荒げる。 「何やってるんだ、門倉。せっかくの大事な場面を壊しやがって。おまえもう不合格だ」 「ナイフが本物だ!」  誰もがその言葉に目を剥く。中山は俺の行動が嬉しかったのか驚きながら笑みを浮かべている。中山がゆっくり声を出した。 「そんなわけないだろう。小道具に決まっている」 「見てわからないのか、これは本物だ。小道具じゃない」  ヒロインが涙を流して悲痛な大声を上げた。 「私は本当にこの人が好きだったの。ドラマの話じゃないわ。現実でもふられて、もう嫌になった。お願いだから死んで!」  ヒロインが両手で強くナイフの柄を握りしめて、主役の元に向かって走った。俺は主役の前に立ち、ヒロインを止めようとした。  俺はオーディションが始まってから殴られて、涙を流して、もうぼろぼろの体だった。でも犠牲者を出したくなかった。ドラマ撮影をちゃんと終わらせるのがエキストラの仕事だと思っていた。  俺は主役の盾になった。後ろの主役は足が竦んで震えていた。ナイフが意思を持った牙のように俺の胸まで向かってきた。刺されると思った瞬間、監督が大声を張り上げた。 「カット!」 「えっ」  俺と中山はその言葉に唖然とした。他のスタッフ達は笑顔で拍手をしている。どういうことだろうか。 「門倉、君はナイフが本物だと気づいて主役を守ろうとした。実に勇敢だ。撮影を最後まで続けることがエキストラの仕事だ。門倉と中山だけには言ってなかったが、二人以外には芝居を打ってもらった」  ヒロインがナイフをアシスタントに渡して深く頭を下げた。 「本当に怖い思いをさせてごめんなさい。全部、監督に言われてしたことなんです」  主役の男性も謝っていた。 「怖がる演技をしていました。騙してごめんなさい」  俺はそうだったのかとほっと胸を撫で下ろした。オーディションで疲れてその場にくたびれたほうれん草のようにへたり込んだ。  中山が悔しそうに声を出した。 「君の勝ちだ。さすがだな。役者の卵が孵化する時だ。監督、いつかは俺を主役にしてください」 「中山、惜しい所まで行ったな。君が主役になる時を望んでいる」  中山と監督はがっしりと握手をしていた。監督が俺を見て嬉しそうに微笑んだ。 「門倉、受賞おめでとう。君が主役のドラマ撮影だ」  監督が顎髭を触りながらにやけた。 「でも、こんなにぼろぼろの受賞者、初めて見た。いや、面白いものを見た。がはは」  俺は役者の卵を破り、晴れて主役になることができた。嬉しくてたまらなかった。
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