アルペジオの迷子【序章】

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アルペジオの迷子【序章】

 なんで、こんな、綺麗に見つけてしまうのだろうか。  ぼんやりと外を眺める体勢のまま、大地の視線はトラックを回る一人から離れない。他にも何人もが走る、見慣れた放課後の光景。その中で、一人だけが大地の意識を奪う。  白いTシャツの裾がはためいて、細い腕が強調される。太陽から集めた光を拡散するように動いて、連動する脚は次々と陸上部員達を追い越していった。  飛ばしすぎだ、と叫ぶ声が聞こえて振り返る。その顔はきっと悪戯が成功した子供のように笑っている。  つり上がった目が細くなり、白い歯が唇の端から覗く。いつもの笑顔を思い浮かべ、頬を緩めた。 「お、ヨシキじゃん。またあいつ助っ人すんの? もう陸上部入ればいいのにな」  頭上から降り注ぐ剣佑の声に、「そうだな」と返した。我れながら心ここにあらずといった声に気付き、意識を半分教室へと戻す。 「何であいつ帰宅部なんだろ。ダイ、知ってる?」 「さぁ?」  頭の中に、芳希の声が蘇る。 ――俺、写真やりたくてさ。 ――だから少しだけどバイトしてんだ。良いカメラ買うの。みんなには秘密、な。  秘密。甘美な響きに、今は聞こえていないはずなのに耳が擽ったさを感じていた。  そうやって、大地の中から甘さが抜けきらないうちに、新しい何かをくれるのだ。意図してのことでないと分かっていても、ずるい、と呟きそうになる。  好きになる要素なんて見当たらないのに、こんなにも、自分の心が決まってしまっている。何度こぼしたって、その想いを拾われることなど、おそらくないのに。 「おー、また抜いた! ほんっと早いなアイツ」  芳希は太陽の光を纏ったまま、あっという間に先頭へ。そして、ゴールラインを駆け抜けた。  心の中で拍手を送る。トラックの中央でコーチと話す芳希が、光の中で校舎を見上げた。その瞳が、はっきりと三階にいる大地に注がれる。キラキラと、辺りが輝く。  ずるい。  見たかった笑顔が、遠目だけれど見える。胸がぎゅっと掴まれてしまう。  とんでもないやつに惚れたもんだ。  何度目か分からない呟きを、内心でこぼした。
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