アルペジオの迷子【一章】

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アルペジオの迷子【一章】

”真剣な質問なので、同学年ではなく上級生の方に回答をお願いしたいです。答えに困る内容かと思いますので。 俺は将来どうしても稼げて親が誇れる仕事に就きたいと考えています。そのためには高校の三年間を無駄にしたくはなくて、どういうふうに過ごしたらいいか、相談に乗ってもらいたいです。 実際にどうというよりも、ただ聞いて欲しくて。なので、時間に余裕のある方、学校生活について聞かせてもらえると嬉しいです。DM待ってます。”  それは、浮き足だって入学の挨拶をする短いメッセージの中で、変に目立っていた。  学校が設置している校内用WEB掲示板は、この時期は盛況で、普段は部員募集や何かを依頼したい人がちらちらと投稿するくらいだ。まだ春休み前の在校生は、ほとんど返信もしていない。もう少しすれば歓迎のメッセージが並ぶだろう。  早めに友達を作ろうとするコメント。どんな部活がありますか、部活の様子はどうですか、宿題が多い先生は誰ですかといった質問の中で、長文の比較的に畏まった文章。  投稿は二日前。それなのに、返信はなし。上級生はすでに各自のネットワークができているということもあるだろうけれど、きっとそれだけではない。このメッセージから漂う覚悟のような雰囲気に、近付けないのではないかと思う。  投稿者名は匿名だった。ここは閉じられたネットワークなので、投稿者名は実名の方が多い。わざわざ名前に「匿名」と変更を掛けたのなら、これも本気の質問ではない可能性はある。 「何、校内ネット?」  肩から覗き込む剣佑に、「うん」とスマートフォンの画面を見せる。覗くな、とは言わない。校内ネットは大地たちが中等部に入学する以前からあり、懐かしさのある派手な壁紙でちらっと目に入っただけでもそれと分かるからだ。 「真面目な質問が来てるんだけど、誰も返信してないなって」 「あー、これは難しいな。俺らだって知りたいよ。それこそ、答えられんのなんて教師かこの間卒業した先輩方じゃねぇの?」 「かもな」  教師もアカウントは持っているけれど、連絡事項くらいでしか投稿をしない。生徒たちが交流する掲示板にはよほどのことがない限り現れない。  スマートフォンの電源ボタンを押し、表示を消した。 「って、剣佑も知りたいんだ?」 「ちょっとダイちゃん~、どういう意味?」  肘で頬を突かれ、手で押し返す。剣佑は大地の隣の席に座り、机に頬杖を付いた。ちなみにそこは剣佑の席ではない。 「高校生活は遊んでなんぼ、青春万歳! とか言いそう」 「いや、言うけど。今から将来のこと考えてたら疲れるだろ」  両手を挙げて応える仕草に、ほら、と笑った。剣佑の言うことに、大地も概ね賛成だ。せめて大学受験を控える三年生が近付くまでは、一度しかない高校生生活を楽しみたい。  チャイムが鳴る。高校一年最後の授業が始まる。明日は終業式で、明後日からは春休みだ。 「ダイ、春休みも部活?」 「最初の五日間は。そのあとはさすがに学校も準備があるから閉めるって」  バスケ部に所属している大地は、帰宅部の剣佑よりも春休みが実質短い。それでも、夏休みや春休みよりは練習日数が減るし、この学校は部活よりも大学進学に重きを置いているから他校より練習量は少ない。 「まぁ、休みあるなら良かった。運動部ってマゾだよな……」 「文化系でも部活あるとこあるからな」 「え、マジで?」  剣佑の驚きに反応して、文化部のクラスメイトが「そうだよ」と振り返る。確か美術部だったはずだ。 「コンクールあるし、新入生向けのガイダンスで何やるかとか、結構がっつりやるぞ、うちは」 「うへー……そうなんだ」  そういえばガイダンスなんてものもあった。剣佑が大地の方を向いて首を傾げる。 「ってことは、バスケ部もだよな、新部長」 「まだだよ、六月までは平部員」  六月に引退する現部長から、すでに指名を受けていた。中学時代も部長だったので、その場で了承している。運動部は実際に見学してもらうことが第一だけれど、説明内容などは来年の参考のために確認しておきたい。 「え、与謝内って部長になんの?」 「一応、指名はされてる」 「こいつ、中学のときにも部長だったから」  剣佑がなぜか胸を張る。中学の頃は一度も同じクラスになっていない。存在は知っていたけれど、話すようになったのは高校に入ってからだ。  教師が教室に入ってくる。散り散りに自分の席に戻り、教科書を広げた。  緩んでいたヘアゴムを解き、結い直す。中途半端に伸びた髪は、何度結い直してもぱらぱらと耳の上に落ちてくる。  ブレザーのポケットにしまったスマートフォンが気になった。あの質問に、答える生徒は現れるだろうか。  変な回答がなければいいな、と思う。茶化したり、馬鹿にしたり、匿名の彼が傷付くような言葉が書き込まれないことを祈った。
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